キトルマイヤ10歳(1/2)
***〈キトルマイヤ視点〉
ここはどこだろう。
見覚えのある室内……。
ああ、ここは僕が昔両親と暮らしていた家だ。
……じゃあこれは、夢だな。
僕はもう2度と、家には戻れないはずだから……。
「この国の騎士団は世界一強いんだぞ、魔物相手に一度だって負けた事がない。大昔にはあのドラゴンをも従えていたと言われるんだからな」
そう言って僕の頭を撫でてくれる大きな手。
お父さんの手だ。
「キトンは騎士様の守ってくださるこの国に生まれて良かったわねぇ」
優しいこの声は、お母さんだ。
「私達は幸せ者ね」
お母さんは、そう言って笑いながら僕とお父さんに抱きついてくる。
僕にくっついたお母さんのお腹はほんの少し大きくなり始めていて、お父さんが「危ないぞ、気を付けてくれよ」と苦笑してお母さんの肩を大事そうに支えた。
懐かしい声に懐かしい景色。
お父さんとお母さんは元気にしてるだろうか。
僕の弟か妹は今年3歳になるんだな……。
だって、僕はもう両親に3年以上会えてないから……。
この国の子どもは全員、7歳になると教会で魔法適性検査を受ける決まりがある。
流れ作業で黒い玉に1人ずつ手を触れて、10数えて、それでおしまいだと説明された。
ほとんどの子は「はーい、何にも出ないねー」で次の人に交代していたのに、僕が触ると黒い玉は白く光った。
なんだこれ……。
驚いた僕が瞬いた時には、僕の両腕は甲冑を着た大人の人にガッチリ掴まれていた。
後から知ったけど、あの玉が白く光ったのは僕に治癒の力があったかららしい。
そのまま、僕は甲冑を着た大人の人……この国の騎士様達に、お城近くの騎士棟と呼ばれる大きな建物の隣に建つ教会へ連れて行かれた。
それきり。
僕は両親にも、生まれてくるはずだった弟か妹にも会えていない。
別れの挨拶も心の準備も何にもできなくて、最初はただただあまりの出来事に呆気にとられていた。
「キトルマイヤ! まだ寝ているのですか!?」
刺々しい叫び声に、僕はハッと飛び起きた。
マズイ、寝坊した!!
慌てて白いローブを羽織って部屋を飛び出すと、首元のリボンを雑に結びながら階段を駆け下りる。
そこには怖い顔をしたシスターが鞭を握って待ち構えていた。
腕を出すように言われて、僕が渋々差し出すと、やっぱりビシビシビシッと3回叩かれる。
最初の頃は叩かれる度泣いてたけど、僕は人よりぼんやりした性格で遅刻も寝坊も茶飯事だったからか、お仕置きを繰り返される内に泣く程ではなくなってきた。
……それでもやっぱり、痛いものは痛いんだけどね。
ちょっと涙目になってしまった視界の中で、赤く腫れてゆく自分の腕に舌を伸ばす。
「治癒は後からになさい。すぐに朝食ですよ。皆もう待ちくたびれているのですからね?」
「はぁい……」
ギロリと睨まれて、僕は「はいっ」と返事をしなおした。
うう、腕がジンジンヒリヒリする……。
僕の腕は、叩かれたところの皮が薄く捲れて、じんわり赤いものが滲んでいた。
治せるからって、そんな強く叩かなくてもいいのにな。
シスター曰く、痛みに怯えていては治癒士は務まらないとかで、僕も、僕より後から入った後輩治癒士見習いも、毎日ビシバシ叩かれてる。
僕以外の全員が座っている食卓について、祈りの言葉が終わると、皆が食事を始める。
そこでようやく僕は叩かれて赤くなった腕をぺろりと舐めた。
ぺろぺろぺろと4度も舐めれば、この程度の傷はすっかり元通りだ。
それでも傷はあと2本あるから、早く治してしまわないと、今度は朝ご飯を食べるのが遅くなってまた叩かれてしまう。
シスターは怖い。
僕達の事を、いくら叩いてもいいと思ってるから。
自分で治せるとしても、痛いのはやっぱり嫌だよ……。
食事の時間が終わると、教会にいる治癒士と治癒士見習いの全員で教会の掃除や洗濯が行われる。
その後は、15歳から17歳までの治癒士はそのほとんどが教会の外へ仕事に向かった。
その間に、治癒士見習いの僕達は、騎士様達を怒らせないように作法とマナーのお勉強だ。
言葉遣いとか、頭の下げ方とか、騎士様には高貴な生まれの方が多いとかで、治癒士はほとんどが平民だから、失礼なことをすると首が飛ぶらしい。
お勉強のあとは、小さい頃は教会のお手伝いとかお昼寝とか遊んだりできたんだけど、今年……僕が10歳になってからは奉仕の時間になった。
奉仕の時間では、教会に癒しを求めてきた人に奉仕活動を行う。
悩んでいる人の相談を聞いたり、怪我した人の傷を舐めたり。
難しい相談はシスターや教師様が聞いてくれるから、僕たち子どもに回される相談は、ただただ頷いて話を聞いてほしいだけの人だ。
僕は今日もうんうんって頷きながら話を聞いて「それは、大変でしたね」って困ってる人の背中をそっと撫でる。
そうすると「話を聞いてくれてありがとう」とか「すっきりしました」とか「頑張ってみます」とか「またきます」とか言って、たいていの人は元気になる。
中には僕の事を膝に乗せたがる人とか、僕の頭を撫でまくる人とかもいるけど、あんまりしつこく僕を触ってくる人がいると、見回りをしている先輩治癒士の人かシスターがすぐに来て、交代してくれるんだ。
だから、奉仕の時間は時々嫌な事もあるけど、色んな人とお話しできて楽しかった。
奉仕の時間が終わったら、待ちに待った自由時間だ。
夕食の時間までだからそんなに長くはないけど、僕はすぐに教会を飛び出していつもの場所に向かった。
僕が目指すのは、教会と騎士棟を繋ぐ外壁に囲まれた壁際にある、昔建てられた温室の跡地だ。
以前はガラスが張られていたのかもしれないけど、今は天井の名残すらないそこは、ただ大人の背丈ほどの塀が片付けられる事もなくそのまま残されていた。
塀の下に開いた子ども1人分くらいの隙間を、僕はローブを脱いで裏向きに畳んで抱え込み、一気に潜り抜ける。
真っ白なローブに泥が付くと、シスターがめちゃくちゃ怒るから。
ここをくぐる時は、毎回一瞬だけど、僕は下着姿になっている。
ぐるりと周囲を塀に囲まれた狭い空間には、不思議といつでも何かしらの花が咲いていて、ミロスさんが教えてくれた『秘密の花園』という言葉がまさにピッタリだ。
区切られた空間でひっそりと揺れる花々を見る度、僕はなんだかホッとしてしまう。
怖い人や嫌な事がいっぱいの王城で、僕にとってここが一番安心できる場所だった。
「リューはまだ来てないよね」
呟きながら、脱いでいたローブを着直して、今度は丁寧にリボンを結ぶ。
髪も、ぐちゃぐちゃになってないか手で撫でて直した。
だって、リューは僕より3つ年上の友達だけど、すごくカッコイイんだ。
それに喋り方も難しい感じで、僕より凄く頭がいい。
少し前から『俺』って言ってたのも『私』になって、ますます大人っぽくなった。
リューは貴族だってミロス先輩が言ってたから、ちゃんとしないと失礼だと思う。
そうこうしてると、リューがヒョイって塀を乗り越えて入ってきた。
「リュー!」
嬉しくて名前を呼ぶと、リューは「キトン、待たせた」と言った。
リューは僕がここにきて最初にできた友達だ。
短い黒髪に真っ赤な瞳をしていて、それが何度見ても凄くカッコイイと思う。
今では僕にも治癒士の仲間がたくさんいるけど、皆は友達っていうよりも先輩とか後輩って感じなので、僕の友達は今もリューだけかも知れない。
村にいた頃にも友達はいたんだけど、もう顔も名前も思い出せなかった。
僕はリューの体を上から下まで見る。
出会った頃は僕より頭半分くらい大きかったリューは、今では僕より頭1つ分は大きい。
これでも僕も大きくなってるんだけどな……。
リューの体には今日もあちこちに赤い血が滲んでいた。
「こっちにおいで、怪我を治してあげるから」
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