初めての友達とたったひとつの嘘(2/3)
〈引き続きリュンドベルグ視点〉
騎士棟を出てしばらく城壁沿いに進むと、大きな教会がある。
セラウリド様は道を外れると草地を進み、教会の裏手側にひっそりと佇む2階建てのシンプルな建物にそっと近づいた。
窓の隙間からは、いくつもの明かりが漏れている。
「ここは治癒士達の宿舎だよ」
セラウリド様は俺にそう説明すると、俺を背負ったまま、手の中に握っていたらしい小石を2階の角部屋の窓板へと投げた。
こんな小石をどこで……。
練習場で俺を背負う時に拾っていたのだろうか。
木製の窓板に小石がコン、コツン、と軽い音で当たると、軽く開かれていた窓板が大きく開いて、中からセラウリド様と同じ年頃の青年が顔を出した。
「セラか。今行く」
そう言った人は、こちらをチラと見ただけで、すぐに窓を閉めた。
今の人は治癒士なんだろうか……?
治癒士のほとんどは平民のはずだが、セラというのはセラウリド様の事だろうか。
平民が貴族出身のセラウリド様をそんなに気安く呼べるものなのだろうか。
俺達の前に姿を現した男は、男らしいキリリとした眉に短い焦茶の髪で治癒士と言うよりも騎士に近い雰囲気だったが、確かに治癒士達がいつも着ているひらひらしたローブを身につけていた。
いや、正確にはひらひらした袖の部分は後ろで結び合わせてあり、肩だけがのぞくはずの部分から腕が全部むき出しになっている。
しかし、俺にはそんな改造治癒士服よりも、その青年が腕に抱えている小さな存在の方が気になっていた。
「こんな時間にどうしたセラ、怪我人か」
「そうなんだ、この子の怪我を治してほしくて……って、ミロスこそどうしたの? その子……」
セラウリド様にミロスと呼ばれた青年は、胸元に真っ白い小さな子を抱き抱えていた。
俺よりもずっと幼なげなその子は、顔を青年の胸にびったりくっつけて、全身をプルプルさせながら、しゃくりあげて泣いている。
「こいつはキトルマイヤ。一昨日ここに来たばっかのひよっこで俺が面倒見ることになった。昨日までは我慢してたみてーだけど、ついさっき決壊したとこだ」
「ミロスと同室ってことは、男の子なんだよね?」
「ハハッ、男に見えねーくれーふわふわでちっこいよな、こいつ」
そう言って笑うミロスさんの視線は、それでもずっと怪我の程度を確認するように俺の体のあちこちに注がれている。
「さ、無駄話してねーで治すぞ、一番酷いとこはどこだ。この足首か」
ミロスさんの視線が指しているのは、さっきセラウリド様が確認していた俺の右足首で、確かに俺の全身で一番ズキズキ痛む場所だった。
「座れそうなら一回そこに下ろすか」
「そうだね、手伝ってくれるかい」
セラウリド様がしゃがむと、ミロスさんが片腕で白い子……キトルマイヤを抱いたまま、もう片方の腕で俺を支えてくれて、俺は草の生えた地面に降ろされた。
ヒヤリと冷たい草の感触に、すっかり日が落ちてしまった事を知る。
俺の足をそっと持ち上げたミロスさんが、少しだけ眉を顰める。
「お前……まだ見習いだろ? なんで木剣じゃねーんだよ」
傷口を見ただけで、この人はそんなことまでわかるのか。
俺が驚いていると、俺の瞳を覗き込んだミロスさんが「ちょうどいいな」と呟いてニッと片方だけ口端を上げた。
「キトルマイヤ、お前の初仕事だ」
「……ふぇ……?」
驚きに零れた小さな声は、鈴を転がすように高く可愛らしかった。
「こんだけ涙やらなんやら出てんだし、使わねーともったいねーだろ」
ミロスさんはキトルマイヤの小さな肩を両手で掴んで自分の胸元から強引に剥がすと、そのままキトルマイヤの顔を俺の足首にくっつけてきた。
べちょ、と涙だけでなく鼻水までつけられたような感触に、ゾワワと鳥肌が立つ。
けど次の瞬間、さっきまであんなに痛かった足首から、痛みがスッと消えた。
「あ……痛くなくなった……」
俺の言葉に、顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした子が不思議そうに瞬く。
こぼれ落ちそうなほど大きくつぶらな水色の瞳が、すっかり治った俺の足首を見つめている。
「ほらキトルマイヤ、よく見とけよ」
ミロスさんの言葉に合わせて、セラウリド様が俺の左腕を持ち上げる。
そこは剣で叩かれた痕が深い打撲になっていて、二番目に痛いところだ。
赤紫色に腫れ上がり、皮が捲れて血を滲ませている俺の腕を見たキトルマイヤは「ぴえっ」と何やら可愛い声を上げた。
一瞬止まっていた涙が、水色の綺麗な瞳にまたじわりと滲んで溜まる。
可愛いキトルマイヤにうっかり見惚れているうちに、ミロスさんが問答無用で俺の腕にキトルマイヤの顔を押し付けて、そのまま傷の端から端までスライドさせる。
ぬちゃ、という音と感触にはゾッとするものの、ぬるりとキトルマイヤの顔が俺の腕を撫でると、痛みはスッと消えて俺の腕は綺麗に治っていた。
「「すごい……」」
俺の声が、キトルマイヤの可愛い声と完全に重なる。
「そんじゃ、残りの傷もこの調子で全部治すぞ、遠慮せずに痛いとこ全部出せ」
有難い申し出ではあるけれど、ミロスさんの大きな手にガッチリと頭を掴まれているキトルマイヤの姿はなんだかあまりに道具のようで、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
当のキトルマイヤは、むしろ瞳を輝かせているように見えるが。
「……セラウリド様、この男は乱暴すぎませんか?」
俺が隣を見上げると、セラウリド様は苦笑した。
「態度は悪いけど、これでなかなかいい奴なんだよ」
そう言われてしまうと、確かに約束もなくいきなり現れた俺のような者にわざわざ時間を割いて、治癒を施してくださっているわけだけれど……。
「キトルマイヤ、すげーだろ? これが俺達の仕事だ」
「うんっ、すごいっ、おにーちゃんのお怪我治ったっ!」
弾けるような笑顔と共に明るい声がこぼれると、俺の心臓がドキンと跳ねた。
辺りはすっかり薄暗くなりつつあるのに、キトルマイヤの周りだけが明るく輝いているような、そんな笑顔だった。
「ほれ、怪我してっとこ全部見せろ」
ミロスさんが、じわりと圧を感じる笑顔を向けてくる。
本人が乗り気ならば……と、俺は脛や脇腹の怪我も全てキトルマイヤに提供した。
ミロスさんの手を離れたキトルマイヤは、自主的に俺の傷口へと涙に濡れる顔を擦り付けてくる。
脇腹に擦り付けられた時は、ふわふわの髪にくすぐられて、つい笑ってしまった。
俺が笑うと、キトルマイヤまでもがつられて可愛い笑い声をこぼす。
鈴が転がるようなキトルマイヤの笑い声は、聞いているだけで幸せが胸いっぱいに広がるようだ。
なんて可愛い子なんだろう。
この子が治癒士になるなら、いずれ騎士棟でもこの子に会えるようになるのか。
こんなに可愛い子と毎日会えるのなら、騎士になるのも悪くないかもしれない。
俺はこの時初めて、そう思った。
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