初めての友達とたったひとつの嘘(1/3)
***〈リュンドベルグ視点〉
痛む体を引きずって、俺は約束の場所を目指して歩を進める。
俺の腕や脚には、剣で強く打たれた痕がくっきりと残り、傷口から赤い血が滲んでいた。
これは、今日の訓練後に父である騎士団長の『特別訓練』で負った傷だ。
練習用に刃を丸めた剣ではあったが、大人の力で斬り付けられれば、10歳の俺の体は革鎧の上からでも容易に傷付いた。
俺は必死に涙を堪えながら……いや、もう十分に視界は滲んでいたが、それでもそれを零さぬようにして石壁の下を潜り抜ける。
途端、花の香りに包まれる。
四方を石壁に囲まれた狭い空間。
そこには今日も、色とりどりの花が咲き乱れていた。
王城の端にある騎士棟のさらに端。
誰からも忘れ去られたこの場所は、俺とキトンの、2人だけの秘密の花園だ。
「キトン……?」
まだ来ていないのだろうか?
一瞬そう思ってから、そんなはずはないと頭を振る。
それだけの動作でも首や肩は鈍く痛んだ。
いつもキトンの方が俺より早い。
その上、今日は手酷くやられてしばらく身動きが取れず、来るのが随分遅れてしまった。
それならキトンはここにいるはずだ。
優しくて心配性のキトンが、俺の無事を確認できないうちに帰ってしまうなんて事はありえない。
キトンなら、門限のギリギリまで俺を待っていてくれるはずだ……。
だが、キトンが見当たらない。
その事実に手足が震え出す。
俺は、痛む体に鞭打って背筋を伸ばし、狭い空間を見渡した。
すると、花々に埋もれるようにして白くてふわふわの髪が揺れているのが見えた。
「ああ、キトン……そんなところに……」
俺を待ちくたびれて、寝てしまったのか。
膝を抱えて小さくなって眠るキトンは、いつもよりもさらに幼く見える。
7歳のキトンは、線の細い体にゆるくカールしたふわふわの白い髪がとても可愛らしい治癒士見習いの少年だ。
黒髪で短髪の筋肉質な俺とはまるで正反対だと毎回思う。
俺は、キトンを見つけた安堵で滲んでしまった涙を堪えきれないまま、キトンの隣に腰を下ろす。
腕も脚も、重くて熱くて、ズキンズキンと痛む……。
「ぅ、うう……」
早くキトンに怪我を治してほしい。
でも、キトンも今日一日教会で働いて疲れてるはずだ。
もう少しだけでも、寝かせてあげる方がいい。
わかってるのに……。
……痛いんだ、キトン……。
声をかけきれないまま、痛みに震える息を堪えて、滲む視界でキトンを見つめる。
どのくらいそうしていただろうか。
柔らかそうな白いまつ毛が、ふる、と小さく震えて、キトンのまぶたがゆっくりと上がる。
春空のような淡く柔らかな水色の瞳に、泣きべその俺の顔が映った。
大きな瞳がぱちりと瞬く。
「リュー……、また泣いてるの?」
キトンは細い体を起こすと、小さな白い手で俺の頬を撫でる。
涙を拭いてくれたキトンの指が頬の擦り傷に当たると、涙が沁みてピリッと痛んだ。
「ぃっ」
どんなに痛くても、痛いと口にしてはならないと父は言った。
けれど、それは俺にはまだ難しかった。
「あ、痛かった? ごめんね」
キトンは俺を労るように優しく言って、俺の頬の傷をぺろりと舐めた。
愛らしいキトンの内側から吐き出された温かな息が、俺の目元にかかる。
小さなキトンの舌がぺろぺろと俺の頬を大事そうに舐めると、痛みはあっという間に遠のいた。
「ほっぺは治ったよ」
そう言って俺から顔を離したキトンが、水色の瞳で俺を上から下まで見回して、ふにゃりと泣きそうな顔になった。
「今日はまた……いつにも増して、傷だらけだね」
「……」
返事ができなくて、ただ小さく俯いた。
いつも迷惑ばかりかけてすまない。
そう思うものの、これを口にするとキトンが嫌がる。
父上が、俺ばっかりいたぶるんだ。
そんなこと、キトンに言っても仕方がない。
俺と同じ10歳の見習い騎士は他にもいるのに、俺だけ特別に稽古をつけてやるんだから、ありがたく思えって言って……。
こんなに痛い目に遭ったのに『ありがとうございました』なんて言わなきゃいけないんだ。
俺は……騎士になんて……。
キトンが怖がる騎士になんて、なりたくないのに……。
代々続く騎士家系のゼクストス家長男である俺は、生まれた時には騎士になる事が決まっていた。
口に出せない言葉を、涙にして零し続ける間にも、キトンは俺の腕や脚に残る赤い傷を優しく舐めてくれる。
キトンがぺろぺろと俺の傷を舐める度に、どんどん痛みが遠のいて、みるみる傷が塞がってゆく。
温かいキトンの心が、キトンの体温が、肌を通して俺の中に染み込んでくるみたいで、嬉しくてまた涙が滲んでしまう。
「キトン……、いつも、ありがとう……」
「いいよ、僕にできるのなんてこれだけだもん」
「そんな事はない。キトンがいてくれるおかげで、俺は明日も生きていけるんだ」
キトンは俺の傷を舐めるのに忙しくて返事ができないみたいだったけど、その水色の優しい瞳が俺を見て細められると、俺の胸はぎゅうっとなった。
キトンはまだ7歳なのに、治癒の力を持つばかりに親元から無理矢理引き離されて、城の教会……治癒士と治癒士見習いを保護する施設に預けられている。
俺よりずっと辛い境遇なのに、キトンは明るく気丈で、優しい子だった。
キトンの涙を、俺はまだ一度しか見ていない。
それなのに、俺はキトンより3つ年上にもかかわらず、キトンには泣き顔ばかり見られていた。
俺の腕を両手で捧げ持つようにして、小さな舌で懸命に治癒してくれるキトンを見つめながら、その伏せられた白いまつ毛の下から、あの日沢山の涙が零れていたのを思い出す。
初めて会った時、キトンは泣いていた……。
あの日は、俺が見習い騎士になって初めて、木剣ではなく練習用の鉄剣で父に打たれた日だった。
足の痛みがなかなか引かなくて、誰もいなくなった練習場で蹲ったままの俺に声をかけてくれたのは、俺より5つ年上の、今年見習いから騎士に上がったばかりのセラウリド様だった。
「こんなところでどうしたんだい?」
優しくかけられた声に、思わず涙が滲む。
「……う、動け、なくて……」
なんとかそれだけ答えて、ゴシゴシと腕で涙を拭った。
「団長は?」
やっぱりそれを聞かれてしまうのか……。
俺は必死で声の震えを抑えて答える。
「帰りました……」
「え……? 怪我した息子を置いて……?」
驚きを滲ませたセラウリド様の声に、惨めな気持ちが腹の底に重く広がる。
「はい……。このくらいの怪我で動けなくなるようでは戦場で生き残れないと。自力で帰るよう言われました……」
セラウリド様は「ちょっと足を見せてもらうよ」と断って、動かせない俺の足首に触れた。
ビリッと刺すような痛みに「痛っ」と声を零してしまって、慌てて唇を噛み締めた。
「……これは酷いな。とても歩けるような状態じゃない」
俯いたままの俺の視界に、セラウリド様の青みをおびた銀髪がさらりと揺れるのが見える。
セラウリド様も、痛みに耐えられない俺に呆れただろうか……。
「教会も、この時間じゃもう鍵がかかっているな。仕方がない、私の友を頼ろう」
呟いたセラウリド様が、なぜか俺の前に屈んで背中を差し出した。
「背負って行くから、私の背に乗りなさい」
「……ぇ……」
「遠慮はいらない、私達は仲間だ。困った時に支え合うのは当然だろう?」
そうして、15歳のセラウリド様の背中にしがみついて、俺はようやく練習場を出る事ができた。
外はすっかり日が暮れかかっている。
ああ、今から帰っても、帰りが遅すぎると……軟弱だと叱られるのだろうな。
セラウリド様は大柄な騎士達の中では珍しく線の細い方で、肩幅などは10歳の俺とそこまで変わらない。
それでも、俺を背負ったセラウリド様はふらつく事なく夜道となりつつある道を歩いた。
1話目を読んでくださりありがとうございます!!
「イマイチ好みじゃなかったな、ここまでにするか」という場合も
足跡がわりに★1~3でご評価いただけると大変参考になります。
ひと手間おかけしてしまいますが、どうぞよろしくお願いします。
↓↓ お好きな星をポチっとお気軽にどうぞ ↓↓




