↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理論上、肉体で解決します ~悪役貴族に転生した頭脳派、計算するとだいたい自分が重機になる~  作者: にじいろウニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/34

第31話 王都へ

 王の使者が持ってきた書状は、思っていたより短かった。


 グレイヴ伯爵領の、この一年の急な発展について、代行を務める者から直接説明を聞きたい。ついては、ひと月のうちに王都へ参上すること。


 書状の最後には、王の印が押してあった。その下に、小さな字でもう一行。――会計局付き監察官ユリウス・フェインの報告書、ならびに別紙三枚を拝見した上で。


「……別紙が、王様のところまで行っている」


「行っちゃったね」とフィオナが言った。


 ガレスは書状を二度読み直してから、丁寧に畳んだ。


「お叱りのお呼び出しでは、ございません。お叱りなら、書状はもっと長くなります」


「そういうものか」


「そういうものでございます。……ただ、王都には、以前の若様をよく覚えておられる方々も、大勢いらっしゃいます」


 ガレスは、それ以上言葉を加えなかった。言わなくても、記憶のほうが勝手に教えてくれた。王都の宴で、前のロウェンがやらかしたことは、葡萄酒の杯一つでは済まない。


 使者は、もう一通の手紙も預かってきていた。王都の治療院にいる、父からだった。


 ――来い。話がある。


 それだけだった。前の手紙より、字の震えが少なくなっていた。


                ◇ ◇ ◇


 出発までの五日間、館は引っ越しのような騒ぎになった。


 フィオナは、この一年分の帳簿を木箱に詰めた。詰めては出し、出しては詰め直し、最後に箱が三つになった。ロウェンが一つを片手で持ち上げて馬車に積もうとすると、「それ、いちばん大事なやつだから、両手で持って」と言われた。従って積み入れた。


 ガレスは領地に残ることになった。委任状と伯爵印を預かる者が、二人とも留守にするわけにはいかない。バルガスも残る。代わりに、若い騎士が一人、護衛としてついてくることになった。妹が三人いる例の騎士だ。末の妹が、兄の外套の裾を最後まで握って放さなかった。


 ミラは、堅パンを袋に二つ詰めて持ってきた。


「道中のお腹の足しに。スープに浸けないと、歯が折れますからね」


「知っている」


「若様は知ってても、フィオナ様が知らないと困るんです」


 出発の前の晩、バルガスが執務室に顔を出した。


「一つ、耳に入れとく。北の牧草地で、今年の春はもう三回、牙兎《きばうさぎ》の群れが出た」


 牙兎は、魔境の山の中にしかいない、兎ほどの大きさの魔物だった。前歯が長く、群れで畑の若芽を根こそぎ食べていく。


「去年は一度も見なかった。一昨年もだ。……まあ、兎は兎だ。騎士隊で追い返せる。行ってこい」


 ロウェンは頷いて、その話を頭の隅にしまった。


                ◇ ◇ ◇


 出発の朝、東の門の前には、見送りの人垣ができていた。


 トーマは、帽子を手の中で回しながら、「王都の麦の値段、見てきてください」と言った。ミラの息子は馬車の車輪に油を差しに来た。新しい門の柱に背丈の印をつけてもらった女の子は、母親の後ろから「王様って、家くらい大きい?」と訊いてきた。


「分からない。見てくる」


「見てきて」


 女の子は真剣な顔で頷いた。どうやらこの子の中では、大きいかどうかが、人を測るいちばん大事な物差しらしかった。


 野菜売りの女は、何も言わずに、干した杏を一袋、フィオナの膝に押しつけていった。


                ◇ ◇ ◇


 東の門を出て、新しい道を半日。ハルトの宿場町は、ロウェンが思っていたよりずっと賑やかだった。


 大街道の両側に、宿の看板が八つ並んでいる。どの宿の前にも荷馬車が停まっていて、そのうちの何台かは、青い糸の目印をつけた堅パンの袋を積んでいた。宿の一軒の前で、エーリクが待っていた。


「宿場の者たちが、朝食をもとに戻しました。……水を一杯、からです」


 エーリクはそう言って、心なしか胸を張った。


 宿場町から王都までは、大街道を馬車で八日。平らで、宿があって、馬を潰さない道だった。


 二日目の晩に泊まった宿の食堂で、ロウェンは自分の噂を聞いた。


 隣の卓の行商人たちが、麦酒を片手に、北の辺境に化け物みたいな若様がいるという話をしていた。背丈は二メートルを超え、腕は丸太ほどもあり、朝飯に牛を半頭食べる。怒ると山が割れる。


「割れていない」


 ロウェンが隣の卓に向かって言うと、行商人たちはきょとんとしてロウェンを見た。頭のてっぺんから足の先まで見て、それから笑った。


「兄さん、見てきたような口ぶりだね」


「……見てきた」


「で、どうだった。でかかったか」


「それほどでもない」


 行商人たちは、なんだ、つまらんという顔で自分たちの話に戻っていった。向かいの席で、フィオナが杏をくわえたまま、肩を震わせていた。


                ◇ ◇ ◇


 三日目の午後、馬車の中で、フィオナが眠った。


 昨夜も遅くまで、宿の灯りの下で帳簿を見直していたのだ。膝の上に帳面を開いたまま、こくり、こくりと舟を漕いで、やがて、ロウェンの肩に頭が乗った。


 ロウェンは動けなくなった。


 動けば起きる。起きれば、帳簿の見直しの続きを始める。だから、動かないほうがいい。理屈は通っている。問題は、馬車が揺れるたびに、肩の上の重さが少しずつずれて、首のほうへ寄ってくることだった。髪が一房、ロウェンの頬にかかっていた。インクと、宿の石鹸の匂いがした。


 肩を固定するだけなら、魔力をほんの少し首と肩に込めておけばいい。そうすれば、馬車がどれだけ揺れても、肩は一ミリも動かない。


 ロウェンは魔力を込めた。


 御者台の窓から、若い騎士がちらりと中を覗き、何も見なかった顔で前を向き直った。


 フィオナが目を覚ましたのは、二時間後だった。ぱちりと目を開け、自分の頭がどこに乗っているかに気づき、ものすごい速さで身を起こした。


「……私、寝てた?」


「二時間」


「なんで起こさないの!」


「起こす理由がなかった」


 フィオナは何か言おうとして、やめて、窓の外を向いた。窓に映った顔が、赤かった。


「……肩、痛くない?」


「痛くない。魔力で固定していた」


「固定……」


 フィオナは窓の外を向いたまま、額を窓枠にごつんと当てた。何かがどこかで間違っているのに、どこが間違っているのか言えない時の顔だった。


                ◇ ◇ ◇


 八日目の昼、丘を越えたところで、王都が見えた。


 大きな川の向こう岸に、灰色の城壁がどこまでも続いている。その内側に、屋根がびっしりと重なり合い、真ん中の高いところに、白い塔が何本も立っていた。グレイヴの領都なら、あの塔の一本の足元に丸ごと収まってしまいそうだった。


 川には大橋が架かっていた。


 石積みの橋脚が十一本。その上に太い樫の桁を渡し、厚い板を敷き並べてある。長さは二百メートルを超えるだろう。橋の上は、荷馬車と、歩く人と、物売りの屋台で、隙間なく埋まっていた。春の雪解けで川はふくらみ、茶色い水が橋脚にぶつかって白く泡立っている。


「すごいね。あれ全部、人だよ」


 フィオナが窓から身を乗り出した。


 ロウェンも橋を見た。見ているうちに、気づけば橋脚を一本ずつ数えていた。


 四本目だけが、ほかと水の割れ方が違った。上流側の水が、橋脚の根元で渦を巻き、下流側へ抜ける泡の筋が、ほかの橋脚より太い。根元の石が、水に削られている。


 馬車が大橋のたもとで止まった。前がつかえているのだ。


 その時、足元から、低い音が伝わってきた。


 ごとり、と。


 橋の真ん中あたりで、誰かが悲鳴を上げた。四本目の橋脚の上で、板の路面がゆっくりと、下流側へ傾き始めていた。傾いた路面の上に、荷馬車が一台と、逃げ遅れた人たちが取り残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。