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隣国

昼休み。

今日も食堂は生徒たちの楽しそうな笑い声で賑わっていた。


「ルーちゃん!」


パンを頬張っていた結奈(ゆいな)の前にリリーナが勢いよく身を乗り出していた。


「ねぇねぇ!今度のお休み一緒に遊びに行こ!」

「えっ…」


結奈の目がぱっと輝いた。


「ほ、本当に!?私でいいの!?」

「もちろん!」


リリーナは満面の笑みで頷く。


「やった…!」


結奈は思わず両手を胸の前で握りしめる。


(友達と遊ぶ……私が……)


結奈は胸がじんわりと熱くなるのを感じる。

誰かと休日の約束をすることが昔からの夢だった結奈は幸せいっぱいだった。


「じゃあさ!」


リリーナは机を叩きながら言った。


「せっかくだし、フメル王国まで遊びに行こうよ!」

「フメル王国?」

「うん!レミーラ王国のお隣の国!」

「えっ!?隣の国!?」


結奈は目を丸くする。


「そんな遠くまで行けるの?」

「大丈夫だよ!」


リリーナは得意げに胸を張った。


「ワープゲートがあるもん!」

「ワープ……ゲート?」

「そうだよ!昔ね!」


リリーナは楽しそうに説明を始めた。


「レミーラ王国とフメル王国は大きな戦争をしてたんだって!でも最後は仲直りして、姉妹国になったの!だから、国民皆が自由に行き来できるようにワープゲートを作ったんだよ!」

「へぇ……!」


結奈は新たな知識に目を輝かせる。


「本当にすごいね…!」

「ね!」


リリーナは得意げに笑う。


「だから!当日は目一杯おしゃれしてきてね!約束!」

「…うん…!」


二人は小指を絡め、約束を交わした。


「約束!」


………


前日の夜。


「……わぁ」


鏡の前で結奈は思わず息を呑んだ。

淡いクリーム色のワンピースに小さな花が散りばめられた帽子。腰まで流れる水色の髪。


まるで物語のお姫様そのものだった。


「お嬢様」


ロセが優しく微笑む。


「とてもお似合いです」


ロセは迷いなく口にする。


「世界で一番、お美しいですよ」


「…ありがとう…ございます」


結奈は無理やり口角をあげる。


(私に言ってるんじゃない…メルーナさんに言ってるだけ…この姿はメルーナさんのものだから...)


結奈は自分に言い聞かせる。


「…ご不満ですか?」


ロセが心配そうに口を開く。


「い、いえ!気に入りました、ありがとうございます」


結奈は慌てて明るい表情を作る。


「明日はこれを着てリリーナちゃんと遊びに行きます…」


結奈のその一言にロセは静かに俯いた。


「……ロセさん?」


結奈は内心焦りながらロセの顔を覗き込む。

するとその瞳には涙が滲んでいた。


「えっ!?」

「お、お嬢様……」


震えた声でロセは喋り出す。


「ロセは嬉しいです…」


ロセの瞳から涙がぽろりと零れる。


「記憶を失われた時は、どうなることかと思いました…ですが、お嬢様は立ち上がられました、聖女としての務めも果たし…お友達まで作られて…少しだけ雰囲気は変わられましたが、やはり、お嬢様はお嬢様なのですね……」


結奈はさらに胸が痛くなった。


(…私は貴女に泣いてもらえる存在じゃない…)


それでも。


「……ありがとうございます」


結奈はそう笑うことしかできなかった。


………


当日。


屋敷の前では馬車が待っていた。


「ルーちゃーーん!!」


結奈が門から姿を表すと、馬車からリリーナが勢いよく飛び降りてきた。


「リリーナちゃん」


二人は走り寄り、ぎゅっと抱き締め合った。


「待ってたよ!」

「待たせちゃってごめんね…!」


二人は少し離れて、お互いを見つめる。


「わぁ…!」


リリーナが目を輝かせた。


「ルーちゃん、お姫様みたい!」

「…ありがとう。リリーナちゃんも」


結奈は思わず微笑んだ。


「スーツスタイルなんだ」

「似合ってるでしょ!」


リリーナは白いシャツに細身のパンツという動きやすそうな格好だった。


「すごく似合ってる」

「やった!」


リリーナはその場で一回転した。


「じゃ、行こ!」


二人へ自然に手を繋ぎ馬車に乗り込んだ。


………


馬車はゆっくりと街道を走る。


「ねぇ!」


リリーナは笑いながら結奈に話しかけた。


「昨日ね!楽しみすぎて全然寝れなかったんだ!」

「えっ」


結奈は思わず目を見開く。


「…本当に?」

「うん!ずーっと今日のこと考えてた!」


その言葉一つで結奈の胸はいっぱいになる。


(私なんかと遊ぶだけなのに…眠れなくなるくらい楽しみにしてくれてたなんて…)


そんな人は、人生で初めてだった。


ふと、結奈は少し前にリリーナと交わした会話を思い出す。


………


「…ね、ねぇ」


結奈は勇気を出して聞いてしまった。


「もし私が、本当は私じゃなかったら?」


リリーナは結奈の言葉に首を傾げる。


「どういうこと?」

「えっと……例えば」


結奈は真剣な表情で説明する。


「メルーナだと思って接してたけど、実は中身はメルーナじゃなくて……べ、別の人だった…みたいな…」

「ふーん」


リリーナは少し考える素振りを見せるとニヤッと猫のように笑った。


「でもわたし知ってるよ、ルーちゃんがルーちゃんじゃないって」


リリーナはそう言った。


「えっ…?」


その言葉に結奈は酷く動揺した。


「…なんてね…冗談!」


リリーナはイタズラが成功した猫のように笑った。


「…だ、だよね…!だって、これはあくまでも()()()()()()の話だからね!」


結奈は心臓をならしながら珍しく早口で喋る。


「へへっ、じゃあ真剣に答えるけど、別にわたしはなんとも思わないよ?」

「え?」

「だって」


リリーナはさらに結奈に近づき、結奈の鼻を軽くつついた。


「もしそうだとしたら、わたしが友達になったのは、その別人の方のルーちゃんだもん、だから本物とか偽物とか関係ない。わたしの友達は、今目の前にいるルーちゃんだから!」


その言葉を聞いた瞬間、結奈は涙が出そうになった。


(……この子はメルーナさんじゃなくて私を愛してくれている…?)


結奈はリリーナとの間に作っていた心の壁を少しだけ薄くした。


………


「ふふ」

「どうしたの?」

「ううん」


結奈は首を振った。


「リリーナちゃんと友達になれて、本当に良かったなって」


その言葉にリリーナは満面の笑みを浮かべる。


「わたしも!ルーちゃんと友達になれて、すっごく幸せ!」

「……一緒だね」

「うん!」


二人は笑い合った。


馬車の窓から差し込む陽射しが、二人を優しく照らす。

結奈は繋いだ手をそっと見つめる。


(お願い天使様、この温もりが、ずっと続きますように)


幸せだからこそ、結奈は怖がる。


今まで何度も失ってきたから。

だから心の奥で、小さな願いが生まれる。


(リリーナちゃん、お願いだから、私を捨てないで、私はリリーナちゃんを失いたくない)


結奈のその願いは、誰にも聞こえない。

けれど、繋いだ手だけは離さないように、結奈はほんの少しだけ力を込めた。


そしてリリーナは何も言わず、その手を握り返す。


その猫のように無邪気な笑顔は、結奈の世界を少しずつ、優しく色づかせていくのだった。

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