デート
ガタン、ゴトン。
心地よい揺れに身を任せながら、馬車は街を外れ森の中を進んでいく。
窓の外では木漏れ日が流れ、小鳥が枝から枝へと飛び移るのが見えた。
「ねぇねぇ、ルーちゃん!」
隣に座るリリーナはいつの間にか窓を開け身を乗り出していた。
「もうすぐ着くよ!ワープゲートに!」
「本当?」
結奈はつられて自身の近くにある窓を覗き込んだ。
その瞬間、森の奥に空へと届きそうなほど巨大な白い門が姿を現した。
門いっぱいに張られた光の膜は、まるで水面のようにゆらゆらと揺れていた。
世界と世界を縫い合わせた境界線は物凄く美しかった。
「わぁ……」
結奈は思わず声が漏れた。
「感想はどう?」
「……すごい」
「でしょ?」
リリーナはどこか得意げに笑う。
「これがレミーラ王国とフメル王国が手を取り合った証なんだって」
「素敵だね」
「ね!だから今日はいっぱい遊ぼ!」
「うん…!」
二人は顔を見合わせ笑い合った。
そして馬車は迷うことなく光の膜へと近付いていく。
「い、いよいよ……」
結奈は思わず胸元を押さえた。ドキドキと鼓動が速くなる。
いざ、馬車が光へと飲み込まれるその瞬間、結奈はぎゅっと目を閉じた。
「……へへっ」
「…?」
明るい笑い声が聞こえた。結奈は恐る恐る目を開ける。そこには先ほどまでの青々しさはなく、見たことのない景色が広がっていた。
お洒落なレンガ道、色鮮やかな沢山の花壇。
建物はどこか洋風レトロな雰囲気を漂わせており、建物そのものが絵本のようだった。
人々の服装もどこか華やかで、見ているだけで舞踏会へと向かうような気分になった。
「ここが……フメル王国……」
「そうだよ」
リリーナは結奈を見つめにやにやと笑っている。
「ルーちゃん、目つぶってた」
「み、見ないでよ」
「怖かった?」
「ち、違うもん……ちょっとだけびっくりしただけだから」
「かわいいネ」
「もう……」
結奈は耳まで真っ赤になっており、リリーナは猫のように目を細めて笑っていた。
………
馬車が目的地に到着すると、御者が帽子を取り、二人へ一礼した。
「お気をつけて、聖女様、リリーナ様」
「ありがとうございました!」
「また帰りね〜!」
リリーナは元気よく手を振る。
そして、くるり、と結奈の前へ回り込んだ。
「よし!」
リリーナは満面の笑みで結奈を見める。
「今日はルーちゃんとデートだー!」
「デ、デート!?」
「違った?」
「い、いや……」
「じゃあデート!」
リリーナは決定したようにそう言った。
「へへっ」
リリーナは結奈の手を優しく握る。
「ほら、お姫様!」
そしてそのまま歩き出す。
「今日は迷子になっても大丈夫だよ」
「え?」
「わたしがちゃんと見つけるから」
その笑顔はどこか悪戯っぽく、まるで森の中で少女を導く偉い猫のようだった。
………
「ルーちゃんはまず何したい?」
「うーん……」
結奈は街並みを見渡し、どこも楽しそうだなぁ~と感じる。
お菓子屋、花屋、アクセサリー店、大道芸。
大道芸人が宙へ花びらを舞わせるたび、子ども達は歓声を上げる。
「決められない……」
「じゃあ~!」
リリーナは人差し指を立て言った。
「第六感を使って当ててみて!」
「え?」
「わたしが最初に行きたい場所!」
「えぇ!?」
「ほらほら!」
「パ、パン屋さん?」
「ブー!」
「本屋さん?」
「ブー!」
「じゃあ……」
「ザンネーン!」
「まだ答えてないよ!」
「ブー!」
「も~~!」
リリーナは声を上げて笑う。
「ルーちゃんって、本当に反応がかわいいね!じゃあ答え合わせ!」
そう言い、二人はまた歩き出した。
………
しばらく歩くと、二人の目の前に一軒のドレスショップが現れた。
ショーウィンドウには宝石のようなドレスが並んでいる。
「ここ!」
リリーナは勢いよく扉を開ける。ベルが軽やかに鳴った。
「あら、いらっしゃいませ、お姫様方」
お年を召した店員が優雅に一礼する。
「ねぇねぇ!この子に似合うドレスください!」
「えっ!?わ、私!?」
「世界一可愛いわたしのお友達をさらに可愛くしたいから!」
「リリーナちゃん……!」
ロセに褒められた時とは裏腹に結奈は嬉しさを覚えた。
そんな二人に店員はくすりと笑った。
「承知いたしました」
………
店の奥には色とりどりのドレスが並んでいた。
淡い水色、純白、深い藍色、月光のような銀。
「全部ルーちゃんに似合う」
「そんなこと……」
「ある!」
一着、また一着とリリーナは次々に結奈の体にドレスを当てていく。
「これもかわいい!これもすごくかわいい!これも世界一!」
「全部じゃん…!」
結奈は思わず吹き出した。
するとリリーナは満足そうに頷く。
「よし、決めた!」
リリーナはそう言うなり、一着、二着、三着、四着、五着と次々にドレスを抱える。
「え?リ、リリーナちゃん?」
「これも、それも、あ、それも」
「リリーナちゃん!?」
「よし、これ全部ルーちゃんの!」
「全部!?」
「うん!」
リリーナの行動に結奈だけではなく、店員まで目を丸くする。
「あら…ではすべてお包みいたしますか?」
「お願い!」
「えぇぇぇ!?」
結奈だけが大慌てだった。
そんな結奈を見ながらリリーナはにぃっと笑う。
「だって全部似合うんだもん!」
「だってじゃないよ!?」
「迷ったら全部買えばいいんだよ!」
「そんな発想ある!?」
「ある!父様が言ってた!」
「リリーナちゃんのパパは大胆だね…」
そんな二人のやり取りを見ていた店員は口元に手を添え、小さく笑った。
「お連れ様、とてもお優しいですね」
「優しいというか……自由というか……」
「へへっ」
リリーナは楽しそうに笑った。
いつもそうだ。掴めそうで掴めない、でも気づけばいつも隣にいる。リリーナはそんな不思議な存在だった。
……
「お会計はこちらになります」
店員がさらりと告げた金額に結奈は固まった。
(……聞き間違いかな……それにしてもゼロ多くない……?)
結奈は頭の中で必死に数える。
(えっと、一、十、百、千、万……)
「はい、ぴったり」
結奈が数えている間にリリーナは何事もないようにカードを取り出した。
「はい、ありがとうございました」
「……」
結奈はただただ真横で放心していた。
(そ、そうだよね…あんなお金持ち学校に通ってるんだもんね…そりゃ、お、お金持ってるよね…)
顔色を悪くさせる結奈を見たリリーナは首を傾げる。
「ルーちゃん?」
「…え?」
「大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
「そう?」
「うん…!」
二人は顔を見合わせた。
「まぁ大丈夫ならいいけど~、あ!ねぇねぇ、このドレス、夕方まで預かることって出来る?それ抱えて歩くのは流石にきついから」
リリーナは店員は聞いた。
「はい、出来ますよ」
「じゃあまた後で来るからそれまで預かってて!」
「かしこまりました」
「ありがとー!」
「あ、ありがとうございます」
二人はお礼を言った後、店を後にした。
………
二人が外へ出ると、街は昼の賑わいに包まれていた。
まるで絵本のような幸せな光景に結奈は思わず立ち止まる。
「……綺麗」
「だね」
「レミーラ王国とは全然違う……」
「フメル王国は自由な国だからね~」
「自由……」
その言葉に、結奈は空を見上げた。
どこまでも青い空、白い雲、鳥達も心なしか楽しそうに羽ばたいている。
(こっちの方がよっぽど不思議の国みたい……)
結奈がそんなことを思っていると、突然、優しく手首を捕まれた。
「……?」
「ルーちゃん」
「…え?」
「ぼーっとしてると迷子になるよ?」
「…そうだね、ありがとう」
「いーえー!」
リリーナは嬉しそうに微笑む。
本当に猫みたい。
「リリーナちゃんって、本当に自由だね」
結奈は何気にそう呟いた。
「そう?」
「うん」
「そっか~」
リリーナはそう言うと、軽い足取りで結奈の前に立ち、スーツの裾をふわりと揺らした。
「ルーちゃん!次はね!あそこ行こ!」
「うん、いいよ」
「わぁーい!」
そう言いながらリリーナは結奈の手を引き、笑いながら駆け出した。
そして、その後ろ姿を見つめる結奈も小さく笑った。
友達と笑い合う休日。
昔の自分なら、きっと想像すらできなかった。
誰かと手を繋いで、誰かと同じ景色を見る。
その一つ一つが、結奈には奇跡のようだった。
だからこそ、結奈はその繋がれた手をほんの少しだけ強く握り返した。
(……お願い、この幸せだけは、どうか夢じゃありませんように)
その願いはまるで、人魚姫が泡になる前に見上げた空のように、儚く、それでも確かな想いとして、結奈の胸の奥で静かに揺れていた。
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