祈り
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教会へと続く森は、不気味なほど静かだった。
鳥のさえずりすら聞こえない、風が木々を揺らす音だけが流れていく。
そんな静寂の中を、一台の白い馬車がゆっくりと進んでいた。
車内には純白の祈りの装束を纏った結奈が窓の外を眺めていた。そして、その隣にはメイドのロセが静かに座っていた。
純白のベールは陽の光を受け、結奈をまるで花嫁のように映した。
けれど、そのベールの下にある表情は青白いものだった。
「……お嬢様」
ロセが結奈に優しく声を掛ける。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
「……はい」
結奈は短い返事をする。それだけで精一杯だった。
結奈は膝の上でぎゅっと拳を握る。
(怖い、失敗したらどうしよう、もし、本物のメルーナさんじゃないってバレたら)
胸の奥で、嫌な鼓動だけが大きくなる。
………
やがて馬車は止まった。
「到着いたしました。」
ロセに促され結奈は外へと降りる。
目の前には、森に溶け込むように建つ白い教会、人の気配はほとんどない。
まるで世界から切り離されたような場所だった。
そして、教会の入口には、一人の騎士が立っていた。
巨大な鎧、鋭い眼光、まるで教会を守る熊のようだった。
「ごきげんよう、グランドマスター」
ロセは熊のような男に対し、深く頭を下げる。結奈も慌てて同じように礼をする。
「ごきげんよう、メルーナ様、ロセ」
男は低く響く声で礼儀正しく手を胸に当てる。
「メルーナ様、きっと、今のメルーナ様は私が誰だか分からないでしょう?」
結奈は申し訳なさそうにゆっくりと頷く。
「はっはっは、では改めまして、私はアルバン・ルイル、毎年、メルーナ様が祈りをする際ね護衛を務めております」
「そう、だったんですね…よろしくお願いします……」
結奈は先ほどのロセのように深々と頭を下げた。
「はい、メルーナ様の事は命に代えても、お守りいたします」
その一言に、結奈は表情を歪めた。
(命に代えても...か)
………
結奈とロセは教会へて足を踏み入れる。
外とは違う空気感、静かで、息を吸うだけでも心まで洗われそうな空間だった。
「メルーナ」
結奈は肩を揺らし、下に向けていた視線を前に向ける。そこには壁にもたれてメルーナを待っていたルイゼンが居た。
相変わらずの優しい笑顔、しかし、その笑顔は結奈を見るなりまたもや曇った。
「……今日も顔色が悪そうだね」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
また嘘。
しかし最近は嘘をつくことにも慣れてしまった。
………
三人は長い廊下を歩く。
するとルイゼンが自然に結奈の隣へと近づく。
「毎年言ってるけど…」
ルイゼンは照れくさそうに笑う。
「その衣装、とても似合ってるよ」
結奈は目線を逸らした。
「……ありがとうございます」
結奈が下を向くと、耳にかけていたメルーナの美しい髪はさらりと落ちていき、顔を隠した。
(見ないでそんな優しい目で、見ないで)
そんなことを考えているうちに、三人の目の前には大きな扉があった。
ロセがよいしょ~と言い、扉を開ける。
その瞬間、結奈は思わず息を呑んだ。
白い大理石、澄み切った噴水、天井から降り注ぐ光。
そして祭壇には、女神を象った巨大な石像。
まるで作られた舞台のようだった。
(……綺麗)
結奈は立ち尽くす、そして、すぐに思い出す。
ここに立てるのは聖女だけ。
そう、本物の聖女だけ。
私は、舞台を盗んだ偽物。
プリマドンナが怪人の手により舞台上へと押し上げられたように。
少女が迷い込んだ夢の国のように。
海のお姫様が王子の隣へと立てなかったように。
ここは私が居ていい場所ではない。
「お嬢様、お姫様!」
結奈はロセの声で我に返る。
そして手を引かれ、祭壇の前へと連れられる。
「ここへ」
そして結奈はロセされるがまま、正座になり胸の前で手を組んだ。
「……あとは祈るだけです」
そう言い、ロセは少し離れた場所へと行ってしまった。
(いや、その祈り方が分からないんだけど!?)
結奈の頭の中は真っ白だった。
どうする、魔法を使う?使い方が分からない…詠唱?何て言えばいいの?神様の名前?知らない!多分レミーラ?
どうしよう、何も分からない。
(お願いだから誰か教えて……)
沈黙だけが流れる、その時だった。
深呼吸をし、結奈は静かに目を閉じる。
(……私は本物じゃない、だから全てが私に向けられたものではない…でもこの国の人達が優しくしてくれたのは事実)
ロセさん、ルイゼンさん、リリーナちゃん、皆が楽しそうに笑っていた。
だから。
(どうか、この人達が今日も明日も笑えますように)
その瞬間だった、眩い光が祭壇から溢れ出した。
教会全体が白銀に染まる。
「……!」
ルイゼンが息を呑む。
「やっぱり……」
ロセは目を潤ませた。
「お嬢様……」
しかし結奈だけが理解できていなかった。
(え、成功したの!?)
その時、人間とは思えない不思議な声が結奈の頭の奥で囁いた。
《……新たな聖女よ》
ぞくり、と結奈の背筋が震える。
《まだ迷っているのか》
(……誰?)
《偽物も、本物も関係ない、祈りとは、願いだ。その願いが我に届く限り、お前もまた聖女である》
それだけ言い終わると、声は風に溶けるように消えていった。
同時に光も静かに収まる。教会に再び静寂が戻る。
そして、ルイゼンは安心したように笑った。
「流石だよ、メルーナ、記憶を失っていても、この国を想って祈れるなんて。やっぱり君こそが、本物の聖女だ」
その言葉に結奈は胸が締め付けられる。
(違う、違うよ。私は……)
しかし、結奈は誰にも真実を言わない。
結奈は小さく笑って…
「……ありがとう」
そう答えることしかできなかった。




