聖女の役目
昼休み。
生徒達がが食堂へと向かう中、結奈は人気のない校舎裏へと足を運んでいた。
木漏れ日だけが静かに降り注ぐ場所、最近見つけた小さな逃げ場所だった。
「……いただきます」
そう呟いて、結奈は固くなったパンを一口かじる。
前は凄く美味しかったのに、今は味はしない。
正確には分からない。最近は何を食べても同じだった。
「……はぁ」
深いため息が漏れる。目の下には白い肌に合わない濃い隈。
ここ最近、結奈は眠れていなかった。
眠っても、夢の中まで誰かに「聖女様」と呼ばれるから。
(……私って、何なんだろ)
結奈はパンを見つめる。
これを食べているのは結奈なのか、それともメルーナなのか。
鏡を見るたび結奈は分からなくなる。
「メルーナ!」
そんなことを考えていると、聞き慣れた声に、草を踏む音が聞こえた。
結奈は肩を震わせ、静かに振り返った。
「……ルイゼン、さん」
その声にルイゼンは安心したように笑った。
「探したよ」
しかし、その笑顔は顔を見るなり消えた。
「……っ!」
ルイゼンの表情が強張る。
「どうしたんだい……?」
ルイゼンは静かに近付いてくる。
「ひどい顔色じゃないか…」
「え?」
「やつれている」
結奈は慌てて笑顔を作る。
「大丈夫、です」
「本当に?」
「はい」
嘘。全然、大丈夫じゃない。
「……無理をしてないかい?」
「してないです」
また嘘。
「……そうか」
ルイゼンは納得していない顔だったが、それ以上は追及せず、小さく微笑んだ。
「辛くなったら、俺を頼ってくれ」
そっと、ルイゼンは結奈の、メルーナの手を包み込む。
温かくて優しい。
結奈はこんな手をずっと求めていた。
だからこそ、怖かった。
結奈はゆっくりと指をほどいた。
「……ありがとうございます」
「……」
ルイゼンは少しだけ寂しそうに笑う。そして結奈はその顔を見るだけで胸が痛む。
(違う、嫌だからじゃない、嬉しいから離れたいだけ…)
「…そうだ」
ルイゼンが思い出したように口を開く。
「もうすぐ教会へ行く日だね」
「教会……?」
「あぁ、祈りの日」
「……?」
結奈は首をかしげる。
「もしかして、誰からも聞いてないのかい?」
「…はい」
ルイゼンは少し驚いたが、すぐに穏やかに話し始めた。
「聖女は年に一度、神へ祈りを捧げるんだよ、そしてその祈りによって、この国は守られるんだ」
病も、飢えも、災害も。
神の加護が遠ざけてくれる。
「でも」
ルイゼンは少しだけ目を伏せた。
「もしその祈りを聖女がやらなかったら」
もったいぶった言い方に結奈の心臓が鳴る。
「神は怒り、この国を滅ぼすと言われている」
「…………」
言葉が出ない。
(やるの……?)
そんな重い役目を?偽物の私が?
もし失敗したら、もし何も起きなかったら。
皆は気付く。
「この聖女は偽物だった」
その一言で終わる。
(怖い)
結奈の喉が締まる。息が苦しい。
「不安だよね」
白い顔をさらに白くさせる結奈に対し、ルイゼンは優しく笑う。
「でも大丈夫祈り方を忘れていても、俺が全部支える、安心して」
安心?何を?私のせいで国が滅ぶかもしれないのに?
結奈は笑えなかった。
「……ありがとう」
それでも礼だけは言った。
そして立ち上がり、結奈は逃げるように歩き出す。
「メルーナ?」
「……少し、一人になりたいです」
「待って!」
結奈は手首を掴まれ、びくりと肩を震わせた。
結奈が振り返ると、ルイゼンは苦しそうな顔をしていた。
「今の君を、一人にはしたくない」
「……」
「君は記憶を失ってから」
ルイゼンは一度息を吐き、伝えた。
「どこか消えてしまいそうなんだ」
ルイゼンのその声は震えていた。
「頼む、俺を頼ってくれ。」
結奈は静かに目を閉じる。
(そんな顔しないで、そんな優しい声で言わないで)
私は、あなたのメルーナさんじゃない。
「……大丈夫」
結奈は小さく笑う。
「本当に何でもないから」
結奈はそっと、ルイゼンの手を外す。
「メルーナ……」
「またね」
結奈は振り返らない。
振り返ったら、きっと泣いてしまう。
………
下を向き、歩きながら、結奈は唇を噛んだ。
ごめんなさい、ルイゼンさん。あなたが手を伸ばしているのは、メルーナさんじゃない。
偽物の私はその優しさは受け取れない。
けど、本当は受け取りたい、抱き締められたい。
「大丈夫」
そう言われたい。
もし、さっきの言葉が結奈へ向けられたものだったなら。私はきっと、泣くほど幸せだった。
だけど違う、あなたはメルーナさんを愛している。
あなたが愛するメルーナさんを返したい。
けど、メルーナさんは戻らない。
もし、私が誰もが望む理想の聖女になれたら、向けられる愛を、罪悪感なく受け取れるかもしれない。
「……最低」
結局、私は自分のことしか考えていない。
愛されたい、でも愛される資格はない、その繰り返し。
救われたいくせに、伸ばされた手を振り払う。
こんな人間が、聖女?
違う。
私に似合うのは誰かを救う聖女じゃない。
きっと、誰かを破滅へと導く悪女だ。
その方がずっと、お似合い。
結奈は空を見上げ、小さく笑う。
その笑みはひどく歪んでいて、誰よりも自分自身を嫌っている人間の笑顔だった。
「……ごめんね、メルーナさん」
風だけが静かに吹き抜ける。結奈は何度も心の中で謝り続けた。
まるで、自分が酷い罪を犯した罪人であるかのように。
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