表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

歪な林檎

「ねぇ、ママ!」


幼い結奈(ゆいな)は、小さな両手で大切そうに一枚の賞状を抱えていた。


「見て! 今日ね絵で賞を取ったの!」


画用紙いっぱいに描かれた色とりどりの花。

審査員の人も小学校の先生も皆も「すごいね」と拍手をしてくれた。

結奈は嬉しかった。

だから、一番にお母さんへ見せたかった。


「ステージにも上がったんだよ!みんなに褒めてもらえて――」

「……だから?」


結奈の声が止まる。

母はテレビを見たまま、一度もこちらを見なかった。


「え……?」

「だから、何?」


冷たい声。

結奈はぎゅっと賞状を抱きしめる。


「えっと……その……」

「ママ忙しいから。どっか行って」

「あ……うん」


その日、賞状は最後まで見てもらえなかった。


………


「パパ!」


次の日、結奈は父へ賞状を見せた。


「昨日ね――」

「そういうのはママに言え」


新聞をめくる音だけが返ってくる。


「でも……」


ドンッ!!と机を叩く音が響いた。


「何よその言い方!!」

「はぁ?」


父と母の怒鳴り声が始まった。


「子育ては女だけの仕事だと思ってるの!?」

「俺は仕事してるんだよ!」

「私は一日中家事してるの!!」

「うるせぇ!」


怒鳴り合う声、割れる皿、泣きそうな母、睨む父。


結奈は小さく耳を塞いだ。


(……私だ、私が話しかけたから、私が褒めてほしいなんて思ったから。)


全部、全部、私のせいだ。


……… 


「ではグループを作ってください!」


先生の明るい声、しかし結奈は静かに項垂れる。


(グループ…どうしよう…私とグループを組んでくれる子なんて…)


結奈は目に涙をためる。


「ねぇ!」


結奈が振り向くと、知らない女の子が立っていた。


「ゆいなちゃんだよね?」

「……う、うん」

「まだペア決まってない?」

「決まってない……」

「じゃあ一緒にやろ!」


女の子は満面の笑みを浮かべた。


「わたし⬛⬛⬛!よろしくね!ゆいなちゃん!」

「……!」


結奈は胸が熱くなる。


「うん!」


結奈嬉しかった、本当に嬉しかった。


(…私を見つけてくれた!)


天使って、本当にいるんだ!

結奈はそう思った。


………


「ゆいなちゃん!今日は公園行こう!」

「うん!」


それから結奈は毎日笑った、毎日話した。

初めてできた友達。この子だけは、絶対に大事にしよう。


そう思った。


………


ある日。


「⬛⬛⬛ちゃん!今日も遊ぼ――」

「やだ」

「え?」

「もう遊ばない」


結奈の世界が止まる。


「……どうして?」

「わたしか○―ちゃんに聞いたよ」

「え?」

「ゆいなちゃん、人の物盗んでるって」

「……え?」


結奈は意味が分からなかった。


「そんなことやってないよ…」

「嘘だ!わたしこの前ゆいなちゃんのランドセル見たよ!わたしのなくなった物、いっぱい入ってた!」

「知らないよ!私じゃない!」


結奈は声が震えた。何故なら結奈は本当にやってなかったからだ。

しかし…


「嘘」


その一言だけで、結奈の胸の奥は壊れた。


「わたし」


涙ぐみながら、その子は笑った。


「ゆいなちゃんのこと、大好きだったのに」


だった。 

その一言が何よりも痛かった。


………


それから。


「ごめん、もう結奈ちゃんとは友達でいられない」


………


「関わらないで」


………


「信じられない」


………


気付けば、結奈の周りには誰もいなくなっていた。

そしてそれは大人になっても変わらなかった。


「たかが尻触られたくらいで騒ぐな。」


上司は笑う、周りも笑う、誰も助けない。

誰も信じない。


結奈は会社を辞めた。


辞める時結奈は怒られた、責められた、最後まで。

誰一人。


「大丈夫?」


とは言ってくれなかった。


………


私は何なんだろう、誰からも見てもらえない。

誰からも必要とされない。


だから。


昔から物語のお姫様が好きだった。


白い雪のお姫様も。


灰かぶりの少女も。


野獣を理解した少女も。


海のお姫様も。


皆、必ず誰かに愛されていた。誰かに必要とされていた。


羨ましかった、だから私も努力した。

勉強も仕事も笑顔も。

人に嫌われないように。期待に応えられるように。


全部、全部。


「私を見て」


その一心だった。

そんな下心だけで頑張ってきた私が、愛されるわけない。


でも。

一度だけでいい、壊れるくらい、誰かに愛されてみたかった。


………


「……最悪」


真っ暗な寝室で、結奈は目を開けた。

眠れない、いや、眠るのが怖かった。


この世界は。


昔、夢見た世界そのものだった。何もしなくても、笑ってくれる、褒めてくれる、心配してくれる、必要としてくれる。


ルイゼンもロセもリリーナも皆も。


結奈を見てくれる。


……違う、違う、違う。

皆が見ているのは。


本物のメルーナ。


結奈じゃない、だから、身体を返したかった。

早く、本物に返したかった。

そうすれば、私はまた、誰にも見られない結奈に戻れる。

それで良かった、そう思っていた、なのに…


『元には戻れない』


その一文を見た瞬間、私は安心してしまった。


最低だ、最低、最低。


メルーナさんの人生なのに、私は少しだけ、嬉しかった。


(そんなに愛されたかった?)


心の中の誰かが嘲笑う。


(そんなに必要とされたかった?…私自身に向けられている訳じゃないのに…?)


「……」


結奈はベッドから立ち上がり、鏡の前に立つ。

鏡に映る水色の髪を持つ少女は、どこからどう見ても美しかった。


まるで物語のお姫様。


でも、鏡の向こうで泣きそうな顔をする少女は、結奈ではない。

けれども本物のメルーナでもない。


愛に飢え、愛されることを望み、愛されるほど苦しくなる。


そんな歪な何かだった。


「……気持ち悪い」


結奈ふと、机の上に飾りとして置かれていた赤い林檎のレプリカ手に取る。


艶やかで、誰もが美味しそうだと思う林檎。

けれども、この林檎は本物ではない。


外側は本物そのもの、しかし中身はただの発泡スチロール。


まるで私みたい。


結奈はレプリカの林檎を抱き締める。


「……愛されたい」


ポツリと呟かれたその願いだけは、子どもの頃から一度も変わらなかった。


しかし、どれだけ愛されても、どれだけ求められても。その林檎は、本物にはなれない。

応援したい!と思ったらブックマークやリアクション、下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ