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サプライズ

広大な舞踏会場に、優雅な弦楽器の音色が静かに響いていた。


天井には大きなシャンデリア。


磨き上げられた床は光を映し、華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちと、正装した紳士たちが談笑を交わしている。


しかし今日、この場の主役は舞踏会そのものではない。


誰もが麗しき一人の聖女へと視線を向けていた。


レミーラ王国の聖女、メルーナ・ヌ・ティアラー。

もとい、結奈(ゆいな)


(……皆見すぎだよ……)


波のような布に純粋な少女のようなフリルで出来たマーメイドドレスを身に纏い、満月の羽衣で丸出しの肩を隠し、長い髪を美しくアレンジした結奈はまるで舞台に立つ美しいプリマドンナのようだった。


あちこちから向けられる視線に、結奈は居心地悪そうに肩をすくめた。


笑顔を向けられるたび、胸の奥が重くなる。


(こんなに期待されても……私、本当は……)


結奈は自分を誤魔化すようにグラスに入ってワインを口へと運ぶ。

その瞬間感じるのは口いっぱいに広がる渋い香り。


「うぅ……やっぱりワイン苦手…」


結奈が小さく顔をしかめたその時だった。


「ルーちゃん」


レースで作られた袖がくいっと引かれる。


「あ……リリーナちゃん!」


結奈の表情が一気に明るくなる。


「久しぶり」

「うん!久しぶり!元気だった?」

「う、うん……何とか」


目の前には相変わらずスーツに身を包んだリリーナが立っていた。

以前より凛々しく、大人びた雰囲気になっていた。


「そのスーツ、すごく似合ってる」

「ほんと?ありがと!」


リリーナは嬉しそうに笑う。


「ルーちゃんも、そのドレスすごく可愛い」

「えへへ……ありがとう」


二人は自然と手を取り合った。

指には、お互いに贈りあった指輪が静かに輝いていた。


「最近ほんっと忙しくてさぁ。


リリーナは大きく伸びをした。


「軍団長候補の試験って想像以上に大変!」

「ちゃんと休んでる?」

「休めない!」

「だ、駄目だよ……」


結奈は思わず苦笑し、かつて働き詰めだった頃の自分を思い出してしまう。


「あんな生活……もう二度としたくないな……」

「え?」

「ううん、何でもない」


しばらく笑い合ったあと、リリーナの表情が少しだけ真面目になった。


「……ねぇ」

「ん?」

「ルーちゃん」


リリーナは少し声を落とした。


「全部気付いてる前提で話すね」


結奈は少しだけ目を伏せる。


「……うん」

「正直、どう思ってる?」


その質問だけで何の話か分かった。

結奈は静かに息を吐く。


「……私には重い、かな」

「うん」

「でも……」


結奈は笑う。


「もう、最初から決まってた事だから」

「……」

「それに、こんなにたくさんの人が期待してる中で、嫌ですなんて……私には言えないよ」


結奈のその声はとても小さかった。


「私一人の言葉で、みんなを悲しませちゃう気がして……」


リリーナは唇を噛む。


「……最低なこと言っていい?」

「いいよ」

「わたしね」


リリーナは結奈を見つめる。


「ルーちゃんが、一人だけのルーちゃんになるの嫌」


結奈は目を丸くした。


「許されるなら」


リリーナは悲しそうに笑う。


「今から全部ぶっ壊したい」


その言葉に結奈は吹き出した。


「ふふ……」

「笑った!」

「だって……」


少しだけ結奈の肩の力が抜ける。


「…そんなこと言われちゃったら、私、一緒に逃げたくなっちゃった」

「でしょ?」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

その瞬間、演奏がピタリと止まる。


ホールが静まり返った。


(……来た)


結奈の心臓が嫌なくらい速くなる。

視線を上げると、ホール中央にはルイゼンが立っていた。

今日は国王としてではなく、一人の男性として。

頬を少し赤く染めながら、それでも真っ直ぐ結奈だけを見つめている。


(お願い…誰か、時間を止めて)


逃げ出したい、でもそんなの許されない。


視線を逸らした先では、遠くに立つグイユが笑顔でし小さく手を振ってくれた。

結奈も控えめに振り返す。お陰で少しだけ安心した。


「ルーちゃん」


リリーナが小声で言う。


「もし何かあったら、また絶対にわたしが連れて逃げ出してあげる」


結奈は少し目を潤ませながら笑った。


「……ありがとう、大好き」


その一言を残し、結奈はゆっくりと歩き出す。


コツ……コツ……


ヒールの音だけが静かなホールへ響いた。


「ごきげんよう、ルイゼン陛下」


結奈はここ数年で培った美しいカーテシーを披露する。


「ごきげんよう、メルーナ」


ルイゼンは穏やかに微笑む。


「まず、最初に、謝らせてほしい」

「え?」

「結局、俺は君の記憶を取り戻すことはできなかった」


結奈は静かに首を振る。


「そんな…十分です。今まで、本当にありがとうございました」


結奈は胸が痛む。

これは本心ではない。

それでも聖女として微笑むしかなかった。


ルイゼンは優しく続ける。


「最初は焦っていたんだ、何としても君の記憶を取り戻そうと。でも気付いたんだ」


ルイゼンは一歩近付く。


「記憶がなくても、君は君だった。優しくて、人を思いやれて、俺が愛したメルーナ、そのままだ」


結奈は何も答えられなかった。


(違う、私は……)


喉まで言葉が出かかる。

けれど結奈は飲み込む。


「だから」


ルイゼンは深呼吸した。


「これからはまた、新しい思い出を作っていこう」


ルイゼンは静かに片膝をつく。


「メルーナ、改めて、俺の妻になってくれ」


会場がどよめく、歓声、拍手、祝福。

すべてが結奈を包み込む。


(……言わなきゃ)


「……は……」


はい。その一言を言おうとしたその瞬間、城のすぐ近くに生えている大きな木に座っていたフードを被った人物が、高い天井についてある豪華なシャンデリアに向け、静かに魔法を放った。


パリン!


と窓が割れ、魔法がシャンデリアに当たり、ギギッと小さな音が聞こえた。


「ルイゼン!!!」






バリ!ズド!ガッッシャーン!






グイユが叫んだと思えば、大きなシャンデリアがホールのど真ん中に落ちた。


しーんとホールが静まり返ったが、すぐにおぞましい悲鳴が響き上がった。


「イ"ヤ"ァァ!!!!!」


蜘蛛のように逃げ惑う人々。

砕け散ったシャンデリアの下にはドロリとした薔薇が咲き誇っており、花びらは様々な人へと付着していた。

しかし、一番花びらに愛されていたのは結奈だった。


結奈は何が起こったのか、いきなりの事に脳が働くのを止めていた。


騒がしいはずのこの空間も、結奈の中では静寂そのものだった。


「何事だ!!」

「国王陛下が!!」

「…間に合わなかった…」


結奈はシャンデリアの側でへたり込む大臣達や周りをよく調べる兵隊達、ショックを隠せていないグイユをぼーっと見つめていたが、すぐに結奈の視界がガクンと激しく動いた。


「ルーちゃん、ちょっと荒く扱うからね!」


リリーナはそう言うと、結奈を自身の肩に乗せ、込み合っている扉を無視し、驚異の身体能力で割れた窓から外へと出ていく。


結奈がシャンデリアの犠牲になっていなかったのは、どうやら危機一髪でリリーナが手を引いてくれたからのようだ。

結奈は揺らされながら、そのままプツッと意識を落とした。

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