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おとぎの神

白い光が世界を包み込んだ。誰も目を開けていられないほどの眩さ。

兵士たちは思わず膝をつき、盾を握る手さえ震え始める。

誰も命令していない、それでも身体が勝手に頭を垂れてしまう。


神威。


それは人間という生き物に刻まれた、本能の恐怖だった。


ゆっくりと光が収まる。中心には世界を見下ろす存在が確かにいた。


《契約は破られた》


響く神聖なその声だけで、大地が震えた。


《故に裁きを》


その瞬間、空いっぱいに巨大な魔法陣が幾重にも展開される。


「まずい……!」


ルイゼンが息を呑む。


「全軍、防御!退避できる者から下がれ!」


次の瞬間、数え切れないほどの光の槍が降り注いだ。

轟音が響き、地面が爆ぜる、石畳が砕け、城壁が崩れ落ちた。


兵士たちは必死に盾を構えるが、神の一撃はあまりにも重い。


「きゃっ……!」


結奈(ゆいな)は思わず目を閉じる。

その身体を強く抱きしめ、庇ったのはリデルだった。


「ご無事で?」

「はい…」


震えながら結奈答える。

リデルは静かに空を見上げる。


「…うーん、駄目でしたか」


その声には焦りよりも、どこか諦めが滲んでいた。


ルイゼンは珍しく鋭く人を睨みつけた。


「分かっていたのですか!?」


ヴィリデルーネは苦笑する。


「ええ、ですが、ここまで早いとは思っておりませんでした」

「ヴィリデルーネ陛下……!」

「神との契約を破れば裁きが下る、それくらいは貴方も知っているでしょう?」


リデルは相変わらず静かな口調だった。

しかし、その異色の瞳には僅かな諦めが浮かんでいた。


その時、空が再び黄金色に輝いた。

温かな光、眩しい翼。


そこへ舞い降りたのは、もう一柱の神。


純白の羽を広げたレミーラ神だった。


《やめよ、フメル》


穏やかな声が世界へ響く。二柱の神が向かい合う。


《邪魔をするかレミーラ、契約は破られた。裁きは当然である》


レミーラ神は静かに首を振る。


《確かにそうだ。しかし、今のお前は死の恐怖と怒りに呑まれている》


その瞬間だった、フメル神の身体から黒い靄が噴き出す。


兵士たちが息を呑む。


「何……あれ」


リリーナが呟いた。


靄は蛇のように神へ絡み付き、白い翼まで黒く染め始める。


《違う……!》


フメル神が苦しそうに呻く。


《我は……我は……!》


レミーラ神は静かに告げた。


《落ち着くんだフメル》


誰も言葉を発せない。

そうだ、神が壊れる瞬間を見ているのだから。


リデルも静かに目を見開く。


「…祈り…信仰が無ければ神は力を失い、いずれか形も残さず消える…」


リデルの笑みが消える。


「神も人間と同じく、死を恐怖する…面白い事が知れましたね」


その小さな呟きは、誰にも届かなかった。

レミーラ神は結奈へ視線を向ける。


《聖女よ》


「……は、はい」


結奈は震えながら返事をする。


《お前なら救える》


「え……わ、私が……?」


顔から血の気が引く。


「で、ですが……!」


結奈は声を張る。


「他の国の神に祈りを捧げるのは…!…自国の神への裏切りに!」


レミーラ神は少しだけ言葉を閉じたが、また直ぐに告げた。


《今回はそうも言ってられぬのだ…頼む》


結奈は震える手を見つめた。怖い、足が動かない、逃げたい……それでも。


苦しそうなフメル神の姿が目に映る。


(……あの目)


結奈はフメル神のギョロギョロと動く無数の目に、誰にも助けてもらえなかった頃の自分を思い出した。


「…わ…分かりました」


結奈は小さく頷いた。


「やっぱり、ルーちゃんはルーちゃんだね」 


リリーナは結奈に微笑みを見せる。


そしてルイゼンも静かに頷いた。


「メルーナ、必ず帰っておいで」


ロセは胸へ手を当てる。


「どうか、ご無事で」


結奈は震える足で二柱に近づいた。


リデルだけは、その姿を静かに見つめ続けていた。


「……貴女は、いい意味でも悪い意味でも聖女らしいですね」


結奈はフメル神の前に行く。

黒い靄が吹き荒れる、それでも歩みは止まらない。


「フメル神様……」


結奈は震える声で呟く。


「もう、大丈夫です」


巨大な瞳が揺れた。


「怖かっただけなんですよね」


黒い靄の動きが止まる。


「自分一人だけが消えるだなんて…」


結奈は震える手をそっと前で組んだ。


「そんなの、寂しですし、怖いですよね」


温かな光が手のひらから溢れ出す。


結奈の優しい祈りはそ黒い靄を少しずつ浄化していった。


《……ああ》


フメル神の無数の目の一つから涙が零れる。


《我は……怖かった》


最後の黒い靄が霧となって消えた。


純白の翼が大きく広がる。その神々しい姿に、誰もが言葉を失う。


レミーラ神は安堵したように頷く。


《……助かった、礼を言おう》

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