女王陛下は両手をあげる
戦場の果て。
幾度もの激戦を越え、レミーラ王国軍はついにフメル王国の王城へと辿り着いた。
当初の作戦は、夜陰に紛れて城の裏手から侵入することだった、しかし、敵はすでにこちらの動きを把握している。
リリーナは地図を畳み、静かに口を開いた。
「……隠れる意味、もうないよね」
リリーナの言葉に誰も反論をしない。
「だったら正面から行こう」
その一言で全員の方針が決まった。
王城の正門前。
黒く巨大な門は固く閉ざされ、辺りは不気味なほど静まり返っている。
冷たい風だけが旗を揺らしていた。
リリーナは門を真っ直ぐ見据え、大きく息を吸う。
「ヴィリデルーネ!!!」
城壁に声が反響する。
「聞こえてるんでしょ!出てきて!」
リリーナがそう叫んだ数秒後、重い音と共に巨大な門がゆっくり開いていく。
その奥から現れたのは、無数の兵士、そして、その中心を悠々と歩く一人の青年。
ヴィリデルーネ・クーイ。
そしてその腕には、一人の少女が抱き寄せられていた。
「……メルーナ」
ルイゼンが小さく呟き、結奈はびくりと肩を震わせた。
顔色は悪く、何日も眠れていないのだろう、目の下には薄く隈ができ、細い身体は怯えるように縮こまっていた。
リリーナも一歩前へ出る。
「……ルーちゃん」
その優しい声に、結奈はゆっくり顔を上げる。
涙で潤んだ瞳がリリーナを映した。
「……リリーナちゃん……」
結奈は震える声で名を呼んだ。
リデルは呆れたように微笑む。
「そんなに大声を出さなくても聞こえておりますよ」
「……ヴィリデルーネ陛下」
ルイゼンは感情を抑えながら言う。
「メルーナを返して下さい」
「気が向いたら」
リデルの返事はあまりにも軽かった。
リリーナはため息を吐く。
「ねぇ」
リリーナはリデルを見る。
「何です?」
「何でそんなに平気そうなの?」
「平気とは?」
「ルーちゃんを攫って、戦争まで起こして、国まで巻き込んで」
リリーナは少し間を置く。
「……反省とか、しないの?」
しかし、リデルはリリーナの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「私は何を反省すればよいのでしょうか?」
その言葉にレミーラ陣営たちの空気が張り詰める。
しかしリリーナだけは冷静だった。
「…一つ聞くよ」
「はい」
「この国、正直もう終わりでしよ?」
「えぇ、ですね」
「アンタはこれからどうするの?」
「逃げます」
「……民は?」
「置いていきます」
「理由は?」
「救えませんから」
リデルの言葉はあまりにも自然だった。まるで今日の天気を話すかのように。
リリーナは目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……そっか」
それだけだった、どうやら怒る気にもなれないようだ。
「最初はね」
リリーナは静かに呟く。
「ルーちゃんを助けたら、そのままアンタを殺すつもりだった」
リデルは黙って聞いている。
「でも」
リリーナは少し肩を竦めた。
「実際喋ってみると、なんか……怒るより先に呆れちゃった」
リデルはリリーナの言葉に少しだけ笑った。
「そうですか、それは残念です」
「ほんと」
リリーナはゆっくりと結奈へ近付く。
「ルーちゃん」
その呼び声だけで、結奈の瞳から涙がこぼれた。
「……っ」
「迎えに来たよ」
結奈は唇を震わせる。
「……ごめん、なさい……」
「何が?」
「私の、せいで……」
「違う」
リリーナは即座に否定する。
「全部ヴィリデルーネが悪い」
リリーナ言葉を結奈に与える。
そしてルイゼンも穏やかに続ける。
「メルーナ」
結奈はルイゼンを見る。
「君は十分頑張った」
「でも……」
「もういい」
ルイゼンは優しく微笑んだ。
「帰ろう」
その言葉だけで結奈は涙を堪えきれなくなる。
「……はい……」
すると、ヴィリデルーネが小さく笑った。
「おや」
全員の視線が集まる。
「聖女」
リデルの声に結奈の身体が強張る。
「……」
「私を認知してださるのでは?」
結奈は俯く。
「……は、はい……」
結奈は声が震える。
「…で、ですが…」
「聖女」
ヴィリデルーネは嬉しそうに声を出す。
「私は、本気になってしまいました」
そう言うとリデルは結奈の腰へ腕を回した。
「っ!」
結奈は怯え、身体を強張らせる。
「なっ……」
逃げようとするが力では敵わない。
リデルはそんな震える結奈を優しく抱き寄せ、その唇へ静かに口づけた。
ほんの数秒、それだけ、なのに。
「「「…………」」」
誰も言葉を失った。ルイゼンは息を呑み、アルバンは目を丸くし、ロセは真っ青になってよろめく。
「ロ、ロセさん!」
慌ててグイユが片手で支える。
リリーナだけが静かに銃へと手を添えた。
二人の唇が離れる。
結奈は恐怖、恥ずかしいさ…そして向けられた愛に喜び、震えながらリデルを軽く押し返した。
「……っ」
怖いはずなのに、愛を行動に表してくれたリデルに目が離せなかった。
「どうして……私、何もしてないのに…」
結奈の問いにヴィリデルーネは微笑む。
「何もしてない?貴女は私でさえ知らない本心を暴き私を見てくれたではありませんか」
「……それは……」
震える声でボソボソと呟く。
「…私と貴女は似ている…ならば、私が貴女を愛してしまった理由も分かるでしょう?」
結奈はゆっくりと頷く。
「はい…」
その返事にリデルは笑う。
「私達は似た者同士、お互いの傷をお互いなら理解し合える」
リデルは優しく結奈を見つめ、耳元に口を寄せた。
「ユイナ、このまま帰っても、貴女は傷つくだけ…ならば私といましょう。そうすれば、貴女が傷つくこともない」
リデルの優しい言葉に気を引かれたその瞬間。
ゴゴゴゴゴ……
地面が激しく揺れ始め、兵士たちが動揺する。
リデルだけが空を見上げ、小さく呟いた。
「……間に合いませんでしたか」
直後、王城全体を飲み込むほどの白い光が降り注ぐ。
誰も目を開けていられない、やがて光が消えると、空には、人ではない何かが浮かんでいた。
巨大な十字架から人の上半身だけが現れたような異形。
全身には無数の眼、頭上には眩い光輪、その姿を見ただけで、本能が告げる。
神だ。
世界そのものを震わせる声が響いた。
《我が名はフメル、契約を破りし人の子らよ、今ここに、汝らへ裁きを下そう》
その場にいた誰もが、息をすることすら忘れていた。
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