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目を醒ます

純白の翼が、ゆっくりと風を切る。

羽ばたくたびに、柔らかな白い羽根が空へ舞い上がった。


その姿は、まるで最初から慈悲深い神だったかのように神々しかった。


レミーラ神は静かに結奈(ゆいな)を見る。


《……聖女よ、助かった。礼を言おう。》


「えっ……」


突然礼を言われ、結奈は慌てて首を振った。


「い、いえっ、そんな……わ、私は何も……」


《謙遜するでない》


優しい声が響く。


《礼は素直に受け取るものだ》


「は、はい……」


結奈は慌てて背筋を伸ばした。


「……あ、ありがとうございます……?」


お礼を言われたのに、思わず自分がお礼を返してしまう。

そんな結奈にリリーナは小さく笑う。


「ルーちゃんらしい」


結奈は恥ずかしそうに肩を縮めた。


《……聖女よ》


レミーラ神は静かに続ける。


《そなたへ、一つ頼みがある》


「は、はい……!」


結奈は緊張で喉を鳴らす。


《これからは一年に一度、我とフメル、二柱へ祈りを捧げてもらいたい》


「……え?」


結奈の顔が青ざめる。


「わ、私が……ですか……?」


するとルイゼンが一歩前へ出た。


「レミーラ神様」


神を前にしても、その声は落ち着いていた。


「無礼ながらも、一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


《許そう》


「新たな聖女を生み出すことはできないのでしょうか」


レミーラ神は静かに首を振る。


《できぬ、聖女とは、我ら神が永い年月をかけ、その力を削って生み出す存在。新たな聖女を生み出せるのは、今の聖女が天寿を全うした後のみ。》


ルイゼンは静かに頷く。


「……そうでしたか。ありがとうございました」


ルイゼンは一歩下がった。

神にも限界がある、そう理解したからだった。


やがてフメル神が低い声で語り始める。


《何故、聖女という存在が生まれたか……貴様らは知っているか》


誰も答えなかった静寂の中、リデルだけが口を開いた。


「……神々の力が衰えていったから、でしょう」


《その通りだ》


フメル神は静かに頷く。


《遥か昔、人は我らを信じていた、だが時代は流れ、人は神を忘れた。神とは信仰なくして存在できぬ。我らもまた、死を恐れる存在なのだ》


誰も口を挟まない、神が死を恐れる、その事実だけで十分衝撃だった。


《だから聖女を生み出した、聖女は我らへ祈りを捧げる。その祈りこそが我らの命。そして、その代わりに我らは国を必ず守ると誓ったのだ》


結奈は胸が苦しくなった。


(……メルーナさんは……)


生まれた時から、この重荷を背負わされていた。

そう思うだけで結奈は胸が痛む。


フメル神が説明を終えると、レミーラ神は、再び結奈を見た。


《聖女よ、これからは我らのためではない。人々の平穏のため、祈ってくれ》


結奈は俯く、自分にできるのだろうか。失敗するのではないか。


怖い、けれど、皆を守れるのなら。


結奈は小さく息を吸う。


「……私なんかで、本当に良いのでしたら……」


震えながら結奈は笑う。


「頑張ります」


その笑顔を見たレミーラ神は満足そうに頷いた。


《……聖女と相性が良かった人間よ》


結奈の肩がびくりと震える。


《最初は我も随分困惑したものだ》


「え、えっと……」


結奈は冷や汗を流しながらモゴモゴと小声で喋りだした。


「そ、そのお話は……あの…」


レミーラ神は静かに笑った。


《それはすまなかった》


周囲は訳が分からなかったが、和やかな雰囲気に小さな笑いが漏れる。


《では、我らはこれで失礼する》


二柱の神は光となり、静かに消えていく。

結奈は大きく息を吐いた。


「……終わっ、た……?」


その瞬間。


「ルーちゃん!!」


どんっ。


「ふぇっ!?」


リリーナが勢いよく抱きつき、結奈は前のめりになる。


「く、苦し……!」

「ご、ごめん!」


そう言いながらもリリーナは結奈を離さない。


「ずっと心配だったんだから……!」


結奈は困ったように笑う。


「……私も、会いたかったよ」


その言葉だけでリリーナの涙が溢れた。続いてロセも歩み寄る。


「お嬢様……」

「ロセさん」

「お守りできず、申し訳ございませんでした」


結奈は何度も首を振る。


「違います……ロセさんは……迎えに来てくださったじゃないですか。ありがとうございます」


ロセは目を潤ませながら結奈を抱きしめた。

その少し離れた場所。


ルイゼンは静かにリデルに歩み寄っていた。


「ヴィリデルーネ陛下」


その声は穏やかだった。しかし、その瞳だけは氷のように冷たいものだった。


「陛下のしたことを、俺は許すことができません」


リデルは肩をすくめる。


「それは残念です」

「メルーナを攫い、多くの人を傷つけ、さらに自国の民まで見捨てようとした。王としても、一人の人間としても、看過できません」


リデルは笑みを崩さない。


「生きたいと思うことは罪ですか?」

「違います」


ルイゼンは静かに答えた。


「罪なのは、自分だけ助かろうとしたことです」


ヴィリデルーネの笑みがわずかに揺れる。


「……なるほど」


そして静かに笑う。


「ありがたいお言葉をどうも」


リデルがそう口にすると、近くから足音が聞こえた。


「ルイゼンさん」


結奈がそっと二人の間へ入る。


「お願いです。ヴィリデルーネ様を見逃して下さい」


ルイゼンは結奈を見る。

その震える瞳を見て、小さく息を吐いた。


「……分かった、君がそう望むなら」


リデルは結奈へ感謝を告げた。


「ありがとうございます、聖女(ユイナ)

「…はい」


結奈はリデルへと顔を向け、少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「……私を愛してくださり、ありがとうございます、リデル様。

私は、貴方と共に生きることは出来ません。しかし、今の私はたまにならばリデル様に会いたいとは思っております」


結奈はリデルにそう告げると、大切な人たちの待つ場所へ静かに歩き出した。

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