禁忌が産み落とした怪物
剣が風を切る。
鉄と肉がぶつかる鈍い音が、荒れ果てた大地へ響き渡る。
兵たちは歯を食いしばりながら、目の前へ迫る異形の怪物へと剣を振るっていた。
人とも獣ともつかない歪な身体、ねじ曲がった四肢、黒く濁った瞳。
口元からは腐臭を放つ唾液が糸を引き、耳障りな叫び声を上げながら兵へ襲いかかってくる。
どうしてこんな怪物と戦うことになってしまったのか……
………
数刻前。
リリーナ達は作戦を練り直し、再び戦場へ向かう準備を整えていた。
しかし、兵のほとんどは大小様々な傷を負っていた。
目が潰れた者、槍で腹を貫かれた者、火傷を負った者。
一週間続いた戦争は彼らの身体を確実に蝕んでいた。
しかし、その傷はロセの医療魔法によって一人ひとり癒されていく。
淡い光が傷口を包み込み、裂けた皮膚は繋がり、痛みは静かに消えていく。
さらにロセは前日から準備していた保存食や温かな料理を兵へ配った。
「……いっぱい食べて下さい。空腹では、本来の力は出せませんから」
兵たちは久しぶりの温かい食事を口にし、自然と涙を流す者までいた。
それでも、やはり心だけは治らなかった。
昨日まで笑っていた仲間が目の前で命を落とした光景、血の臭い、肉の焼ける臭い、断末魔。
それらは兵たちの心へ深く刻み込まれていた。
中には剣を握るだけで震えが止まらなくなった者もいる。夜になるたび悪夢を見て眠れなくなった者もいた。ルイゼンはそんな兵たちを見て、静かに決断する。
「……無理をする必要はない、君たちは十分戦った」
ルイゼンは困難とされる高位魔術、転移魔法で精神的に限界を迎えた兵を次々とレミーラ王国へ送り返した。
さらに、腕や脚を失った兵も少なくなかった。
ロセは必死に治療を施したが、失われた四肢までどうしても戻せなかった。
失った部位を戻す、その行為は禁忌魔法に分類され、この世界では固く禁じられていた。
そのため、痛みだけを癒やすことしかできなかった。すると、一人の兵が立ち上がる。
「王太子殿下私はまだ戦えます!」
「しかし腕が……」
「腕がなくても魔法は使えます!」
別の兵も続く。
「我々には義足があります、足が一本なくても歩けます!だから戦わせて下さい、お願いします!」
周囲の兵たちも頷く。
「戦に出ると決めた時から覚悟はしておりました」
「我々はレミーラ王国の兵です」
「最後まで戦います」
その覚悟に、ルイゼンは言葉を失った。
彼は傷ついた兵たちを見つめ、何度も迷う。
「……本当に、いいんだね?俺は無理だけはしてほしくない」
「しかし、戦では無理をするのは当然です」
兵は穏やかに笑った。
「どうか我々を使って下さい」
ルイゼンは静かに目を閉じる。
「……分かった、皆の覚悟を無駄にはしなよ」
その様子を見ていたリリーナは、誰にも聞こえないよう小さく息を吐いた。
(…優しい国王なんて…ただ使い古されるだけ…
なんて、無礼にもほどがあるか…)
リリーナはもちろん口には出さなかった。
………
「そろそろ出発しましょう」
リリーナが短く告げる。
「……そうだね、メルーナを助けに行こう」
ルイゼンは呟く。
そして、一行はアルバンを前に森を抜けた。その瞬間だった。全員が足を止める。
何故ならば、目の前を埋め尽くすほどの敵兵。整然と並び、こちらを待ち構えていた。
グイユが思わず息を呑む。
「……多い」
アルバンも眉をひそめる。
「想像以上だな」
しリリーナだけは冷静だった。
「これでも減らした方だから」
淡々と言いながらリリーナは銃を構える。
敵兵たちは余裕そうに笑っていた。
「随分楽しそうだね、何かいいことでもあった?教えてよ」
リリーナのそんな挑発に敵兵の一人が肩を震わせて笑う。
「ええ、楽しいですよ、今日であなた方を始末できると思うとね」
そう言って懐から小さな硝子玉を取り出し、地面に落とした。
そして、パリン……と靴で硝子玉を踏み潰した。
すると砕けた硝子は黒い霧へ変わり、うねるように集まり始めた。
「……!」
兵たちが息を呑む。
霧は肉となり、骨となり、皮膚となり。
最後には、人とも獣ともつかない怪物へ姿を変えた。
「な……!」
アルバンが目を見開く。
「創成魔法……!」
グイユが叫ぶ。
「禁忌魔法のはずだ!」
敵兵は肩をすくめる。
「禁忌程度で驚くとは、レミーラ王国は本当に平和ですね」
ルイゼンは静かに答えた。
「平和であることは、恥ではない」
敵兵は大笑いする。
「戦争を始めたあなたが、それを言いますか」
「俺はやりたくてやったわけではない。メルーナを救うために…これしか方法がなかったんだ」
敵兵は嘲笑うように首を振る。
「そうですか、随分と婚約者にお熱なんですね」
すると、リリーナが一歩前へ出る。
「御託は終わり、アンタ達も早く剣を持ちなよ!」
「分かっていますとも」
敵兵たちは一斉に硝子玉を砕き、剣を手に持った。
パリン、パリン、パリン。
音がなるたび、次々と現れる異形。
兵たちの表情に緊張が走る。
アルバンが剣を抜き、高く掲げた。
「恐れるな!我らが守るべきものは変わらん!進め!」
その号令とともに、兵たちは雄叫びを上げ、一斉に怪物の群れへ突撃した。
こうして、人と異形が激突する、新たな戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
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ちなみに転移魔法があるなら最初からそれ使えば…と思うかも知れませんが、転移魔法は一度来たことのある場所にしか移動できないという設定ですのでそこら辺はご了承下さい。




