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昼だというのに陽の光すら届かない、不気味な静寂に包まれた森。
その中心には、まるで何百年も前からそこに建ち続けているかのような、小さな木造の家がぽつりと佇んでいた。
その家の煙突からは白い煙がゆっくりと立ち昇り、小鳥が囀る穏やかな景色とは裏腹に、森全体にはどこか息苦しい空気が漂っている。
まるで、この森そのものが美しい娘を隠しているかのようだった。
そんな家の中、古びた暖炉の前で一人の少女が新聞を広げていた。
黒髪に混じる雪のように白いメッシュ。左右で異なる色を宿した瞳。
誰もが見惚れるほど整った容姿とは裏腹に、その瞳には人ならざる狂気が宿っていた。
少女は新聞を読み終えると、小さくため息を吐いた。
「……はぁ」
新聞の一面にはとある文字が大きく載っていた。
《フメル王国、レミーラ王国へ宣戦布告か!?数百年ぶりの戦争―》
少女は鼻で笑った。
「……ほんと、馬鹿ばっか」
少女は新聞を無造作に机へ放り投げる。
そして次の瞬間、少女の冷え切っていた表情が、まるで恋する乙女のように柔らかく崩れる。
「……結奈ちゃん」
少女はこの世界で誰も知るはずのないその名を口にした。
「んふふ、待っててね……?結奈ちゃん」
少女は指先でそっと自身の頬を撫でる。まるで愛しい人の頬かのように。
「アタシが迎えに行くからね」
甘く囁く声。
けれども、その瞳だけは狂っていた。
「…それにしても…この身体の兄貴、本当に邪魔」
少女の笑顔が一瞬で消えた。
「アタシに逃げられたからって結奈ちゃんに手を出すとか最低」
少女は苛立たしそうに机を指先で叩く。
「自分の不始末を隠すため、代わりを捕まえるなんてさ」
少女は鼻で笑った後、椅子から立ち上がった。
「……鏡よ鏡」
少女は古びた姿見の前に立つ。
磨き上げられた鏡には、その雪のような姿だけが映っていた。
「世界で一番、結奈ちゃんを愛してるのはだぁーれぇ?」
もちろん鏡は答えない。それでも少女は満足そうに笑う。
「ふふっ……知ってる、アタシだよね。だって、結奈ちゃんの全部受け入れられるのはアタシだけだから」
少女は鏡へ指を這わせる。
その姿はまるで美しいさを鏡へ問いかける女王そのものだった。
ただ違うのは、求めているものが美しさではなく、一人の少女だということだけ。
「……でも」
少女の笑みが少し歪む。
「ピンク髪のあの子」
その声には嫉妬が滲んでいた。
「何で結奈ちゃんにあんなに近いの?何で笑い合えるの?何で結奈ちゃんが安心した顔するの?」
少女の指先がぎりっと食い込む。
「羨ましい、羨ましい羨ましい羨ましい……腹立つ」
少女は少し荒く息を吐き、そしてまた笑う。
「でも仕方ないよねぇ♡今の結奈ちゃんにとっては、大切なお友達なんだもんね♡昔は誰も結奈ちゃんの隣にいてくれなかったもんね♡」
少女は嬉しそうに笑う。
「可哀想な結奈ちゃん。みんな離れていったもんね?だから、その子が今の希望なんだよね?よかったねぇ♡笑えるようになって、でも」
少女の笑顔がゆっくりと崩れる。
「その希望も、いつかまたアタシが壊してあげるから安心して?」
少女は恍惚と目を細める。
「だって、結奈ちゃんは笑うより泣いてる方が可愛いから、縋ってくれる方がもっと可愛い」
静かな部屋に笑い声だけが響く。
「愛してる、愛してる、愛してる。結奈ちゃんは愛が欲しいんだよね?ならアタシがあげる、いっぱい、いっぱい。息が出来なくなるくらい、苦しくなるくらい、吐いても、壊れても、全部受け止めてあげる」
少女は陶酔したように瞳を閉じる。
「だって、アタシ以外に、結奈ちゃんの全部を愛してくれる人なんていないんだから。」
しばらく余韻に浸ったあと、少女は現実へ戻る。
「……まずは兄貴、それからピンク髪。自称婚約者は……どうでもいいや。とりあえず今は結奈ちゃんを助けるのが最優先」
そう呟きながら少女は部屋の奥へ歩く。
そこには、この家には不釣り合いなほど重厚な鉄の扉があった。
少女はその扉へ愛おしそうに頬を寄せる。
「結奈ちゃんはこのお部屋、気に入ってくれるかな?」
鍵穴を撫でる指先は優しく、まるで恋人へ触れるようだった。
少女はゆっくりと扉を開く。
その奥には、白を基調とした美しい部屋が広がっていた。
純白の天蓋付きベッド、白薔薇の花々、銀色の鏡、雪の結晶を模した装飾。
まるで雪のお姫様が永遠の眠りにつくための棺のような、美しくも冷たさもある空間だった。
しかし、その部屋には窓がなかった、外へ出る扉も頑丈なものだけ。逃げ道など、どこにもない。
少女は満足そうに微笑んだ。
「大丈夫、今度こそ誰にも邪魔させない、王子様も来ない、魔女も来ない、鏡も、森も、世界も」
そう囁く声だけが、白く静まり返った部屋の中へいつまでも響き続けていた。
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