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姉妹国の破綻

森の奥深く、人の気配すらない古びた教会。

ステンドグラスから差し込む淡い光だけが、祭壇を静かに照らしている。

その静寂を破るように、誰のものとも知れぬ声が響いた。


《……フメルよ……》


低く、重く。

まるで大地そのものが語りかけているような声だった。


………


レミーラ王国にて、メルーナ・ヌ・ティアラーの失踪から、早一か月。


王都は今も騒然としていた。

広場の掲示板には、聖女失踪の記事が何枚も貼られ、町を歩けば、人々の話題はそればかりだった。


「聖女様はまだ見つからないの?」

「きっとご無事よ……」

「神様がお守りくださっているはずだ」


誰もが祈り、誰もが帰還を願う。

だが、それも永遠ではない。

人の悲しみは、やがて日常へ溶けていく。

一年後も同じように泣いている者は、きっと少ないだろう。

人とは、そういう生き物だった。


しかし、城の窓辺に立つ一人の青年だけは違った。


「……」


王太子、ルイゼン。


彼は町を静かに見下ろし、小さく目を伏せる。


(皆、本当にメルーナを慕っている)


その光景にルイゼンは胸が締め付けられる。


(今頃、一人で怯えているかもしれない)


そう思うだけで喉が締め付けられるような気がした。


「……必ず助けるからね」


ルイゼンのその決意だけは、一か月経った今でも揺らいでいなかった。


コンコン。

控えめなノックが部屋に響く。


「入って」


部屋の扉を開けたのはルイゼンの専属護衛であり乳兄弟でもあるグイユ・ロットだった。


「失礼します、王太子殿下」


グイユはいつものように片膝をつこうとするが。


「その礼はいいよ」


ルイゼンは苦笑しそれを止めた。


「今は二人きりなんだから」

「…つい癖で」


グイユも小さく笑い立ち上がる。


「それで」


ルイゼンの表情が引き締まる。


「捜索隊は?」

「……報告があります」


その一言で場の空気が変わる。


「聖女様は、まだ発見されておりません」


ルイゼンは目を閉じた。覚悟していた報告だったからだ。


「ですが」


グイユは続ける。


「本日、ようやく捜索隊がフメル王国へ到着しました」

「……遅かったね」

「はい、どうやらワープゲートが完全に停止しているようでした」

「停止?」

「はい、何者かによって封鎖された可能性があるようです」


静かな沈黙が続き、ルイゼンは窓の外を見つめる。


「……偶然とは思えないね」


ルイゼンの言葉にグイユは頷いた。


「我々も同意見です。もし意図的な封鎖なら……」


グイユの発言にルイゼンはゆっくりと振り返る。

そして、その瞳に迷いはなかった。


「レミーラ王国への敵対行為と判断せざるを得ない」

「……」

「グイユ」

「はい」

「軍団を招集して」

「……」

「ただし」


ルイゼンは静かに続ける。


「まだ戦争ではない、最後まで外交を試みる。それでもメルーナが返ってこないなら」


ルイゼンのは一拍置く。


「俺は国民と聖女を守るために、王族として決断する」


グイユは深く頭を下げた。


「承知いたしました」


………


ルイル家にて。


「……戦になる可能性がある?」


リリーナの低い声が部屋に響く。


「フメル王国と……?」


リリーナは息を飲み、アルバンは静かに頷いた。


「まだ決まったわけではない。外交が失敗した場合だ」


リリーナは拳を握る。


「……」


アルバンは娘の肩へ優しく手を置く。


「心配するな、父さん達が必ずメルーナ様を連れ戻す。リリーナは母様と弟達と城で—」

「嫌」


大きな声だった。アルバンは驚く。


「わたしがルーちゃんを助ける」


静かな声、怒鳴りもしない、泣きもしない。

それでも強い意志だけが宿っていた。


「私はルイル家、そして次期軍団長になるため、訓練してきた。なのに、今だけ城で待てって言われても……わたしは納得できない」


アルバンはリリーナの言葉に黙る。


そしてリリーナはすぐに父の腹へと視線を落とした。


「それに、父様、まだ腹の傷が治ってないでしょ」

「……」

「無理して前に立たれても、部下のみんなが困るだけ」


図星だったアルバンは苦笑する。


「気付いてたか」

「もちろ。」


少しだけ笑うリリーナ。だが次の瞬間、その表情は真剣になる。


「私は感情で暴れるつもりはない。でも、ルーちゃんを助けたい気持ちは誰にも負けない。だから、ルイル家として戦わせて」


アルバンは長く娘を見つめ、感じた。


目の前にいる娘はもう子どもではない。一人の軍人だった。


「……分かった、ただし、必ず生きて帰れ」


リリーナは力強く頷く。


「もちろん」


そして静かに拳を握る。


(待ってて、ルーちゃん。絶対に迎えに行くから。)


王城ではルイゼンが、ルイル家ではリリーナが。


それぞれ違う場所で、同じ願いを胸に決意を固めていた。


必ず、メルーナを取り戻す。


その決意はやがて二つの国を大きく揺るがす運命の歯車を静かに動かし始めるのだった。

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