迎えに行く
「……は?」
リリーナの笑顔が音もなく消えた。
「……冗談、だよね?」
リリーナは震える声でそう尋ねる。
「……面白くないよ?」
拳が小さく震える。
「ルーちゃんが……攫われたって……」
信じたくない、昨日まで近くにいたのに。
一緒に指輪を選んで、「また遊ぼうね」と約束したばかりなのに。
「……ロセさん」
リリーナはゆっくりと顔を向けた。
「何があったの?」
しかし、目の前にいたロセは唇を噛み締めたまま答えなかった。
代わりに口を開いたのは、リリーナの父、アルバンだった。
「……ロセ殿の話では、メルーナ様はフメル王国のヴィリデルーネ陛下に連れ去られたそうだ」
リリーナがその名前を聞いた瞬間。
「……ッ!!」
一気に瞳が大きく見開かれた。
「あいつ……!」
今まで感じたことのない怒りが胸の奥から込み上げる。
「あの時、諦めたような顔をしてたくせに……!」
気付けばリリーナは踵を返していた。
「リリーナ!」
父の声も耳に入らないまま、リリーナは出ていってしまった。
アルバンがどうしようかと冷静に状況を分析している横で、ロセは珍しく感情を露わにしていた。
「……ロセ」
それに気づいたアルバンが低い声で名を呼ぶ。
ロセは拳を握り締めたまま答えない。
「…あまり自分を責めるな」
「……責めます。ロセは、お嬢様のメイドです、なのに、お守りできませんでした」
ロセの震える声。
アルバンはしばらく沈黙し、言った。
「……お前は昔からそうだ、失敗を全て一人で背負い込む」
ロセは顔を上げない。
「ですが―」
「違う」
アルバンははっきりと遮る。
「今、お前がやるべきことは後悔ではない。迎えに行くことだ」
アルバンの言葉にロセはハッとする。
「…そう、ですよね。師匠」
「あぁ、そうだ、我が弟子よ」
…
リリーナは廊下を駆け、靴音だけが城中へ響き渡る。
(早く、早く助けないと)
リリーナの脳裏に浮かぶのは、怯えた結奈の顔。
リリーナちゃん……
助けを求める細い声。
(怖がってる、きっと一人で泣いてる)
リリーナは胸が苦しくなる。
「待ってて……」
リリーナは思わず声が漏れた。
「絶対助けるから」
リリーナはふと、思い出した。
………
一面の花畑。
「ルーちゃん!こっち!」
「ふふ、今行くね」
リリーナは駆け寄ってくる結奈を思わず抱きしめる。
「ゔ、く、くるじい……」
「あっ、ごめん!」
リリーナが慌てて腕を離すと、結奈はお腹を押さえながら笑った。
「すごく愛情伝わったよ」
「ほんと?」
「うん」
その笑顔を見るだけでリリーナは嬉しかった。
二人はシートを敷き、座る。
花が風に揺れる。
「綺麗だね」
「…うん」
しかしリリーナは花ではなく、風に靡かれる結奈を見つめていた。
彼女を知らぬ人が、否、彼女を知っていても、今の光景を目の当たりにしたのならば、きっと女神が地上に降りてきたのだと勘違いをしてしまうだろう。
リリーナはそんな光景を目に焼き付けていた。
サラサラで柔らかく、まるで一本一本に命が吹き込まれているかのようなロングの髪。
真っ白なキャンバスのように汚れひとつない、透き通った肌。
長い睫毛に隠された、紫水晶を魅せる瞳。
天使に愛されるほどの透明で輝く硝子のような繊細な声。
挙げてしまえばキリがないほどの魅力を持つ。
それが、メルーナ・ヌ・ティアラーという存在だ。
しかし、リリーナは知ってた。
彼女の一番美しいところは、誰にも許してもらえる外見ではなく、誰もを許すことが出来るその内面だということを。
(だから放っておけない、守りたい)
リリーナは指にはめられた黄色い宝石の指輪へ触れる。
結奈が選んでくれた、大切な宝物。
リリーナは小さく微笑む。
「また一緒に遊ぼうねルーちゃん!」
「…!うん、約束だよリリーナちゃん」、
二人の微笑みはその場をさらに照らした。
………
「……ルーちゃん」
リリーナは目が覚めたように現実へと戻る。
自室で一人、リリーナは指輪を強く握り締めた。
リリーナは涙が止まらない。
「怖いよね……一人だもんね……」
震える声で呟く。
「ごめんね、守るって言ったのに」
リリーナは指輪を額に当てる。
「でも、安心して」
リリーナは涙を拭き、ゆっくり立ち上がる。
その瞳には、先ほどまでの弱さはもうなく、軍団長の娘としての強い光が宿っていた。
「絶対に迎えに行く。誰が相手でも関係ない。ルーちゃんは、わたしの大切なお友達だから」
静かな決意だけを胸に、リリーナは自室を後にした。
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