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アリス?は穴に堕ちる

小鳥のさえずり、真っ白なテーブルクロスの上に置かれた沢山のデザート、テーブルを囲むように咲き誇る美しい花、童話にでも出てきそうなメルヘンなお茶会場で結奈(ゆいな)はコポコポと紅茶を注がれた紅茶をゆっくりと嗜みながら、グルグルと思考を回していた。


何故、結奈はメルーナとして転生したのか、きっと、メルーナに恨みがある物が禁忌の魔術を使い仕掛けたに違いない。結奈はそう信じて疑わなかった。


しかし、フタを開けてみれば、禁忌の魔術を使い魂の入れ替えを行ったのは紛れもないメルーナ本人だった。


結奈が想像していなかった事実に顔を歪めていると。


「お嬢様」


不意に真後ろから声が響き、結奈は肩をびくりと震わせた。


「ひゃっ……!」


慌てて振り返ると、すぐ目の前にロセの端正な顔があった。

あと少し近ければ、額が触れてしまいそうな距離。


「ロ、ロセさん……!」


結奈は耳まで真っ赤になり、椅子ごと少し後ろへ下がる。


「あら、失礼いたしました」


そう謝るロセだったが、口元には悪戯が成功した子どものような笑みが浮かんでいる。


「もう……意地悪ですよ、ロセさん……」


結奈は恥ずかしそうに俯き、両手でティーカップを包み込んだ。


「ふっ…そうですね、ロセは少し意地悪かもしれません」


その言葉に結奈は頬を膨らませることもできず、小さく笑うだけだった。

するとロセは穏やかな表情へ戻る。


「……お嬢様。何かございましたら、どんな些細なことでもロセへお話しくださいませ」

「……はい」


結奈は頷く。

けれど胸の中では、また罪悪感が広がっていた。


(言えない……)


悩みの原因が入れ替わったことだなんて…

結奈には言えなかった。


「……お嬢様、お嬢様がが記憶を失われた時、ロセは本当に恐ろしかったのです」

「……」

「お嬢様がお嬢様でなくなってしまうのではないかと」


結奈は思わず視線を落とす。


(……もう、とっくに違う人なのに)



ロセはそんな結奈の心を知らず、優しく続ける。



「ですが、お嬢様は立ち上がられました。混乱されていたはずなのに、それでも聖女として歩み続けられた。そのお姿を見て、ロセは心から尊敬しております」

「……ありがとうございます」


結奈は喉が苦しかった。

違う、私は立ち上がってなんかいない。

怖くて、でも逃げられなくて。

だから、ただ転ばないように立っているふりをしているだけ。


「ロセは、本当に幸せです」

「……私も、ロセさんがいてくださって……良かったです」


その言葉を聞いたロセは、泣きそうなほど優しく微笑んだ。


しかし、その穏やかな空気を切り裂くように、低い男の声が響く。


「……感動の場面で申し訳ありません」


結奈の背筋がぞくりと震えた。

聞き覚えのある声。


逃げよう。


結奈がそう思った時にはもう遅かった。


細い手首を、冷たい指先が優しく、けれど決して逃がさない力で包み込んでいた。


「お久しぶりです、聖女(アリス)様」


結奈は恐る恐る振り返る。


そこには相変わらず穏やかな笑みを浮かべたヴィリデルーネが立っていた。


「な、なんで……?」


結奈は声が震える。


怖い。笑っているだけなのに、どうしてこんなに怖いんだろう。


「お元気そうで安心いたしました」

「……」


鏡のような白い瞳と、薔薇のような赤い瞳が結奈を映す。


そんなリデルの視線だけで結奈の身体が動かなくなる。


「……ヴ、ヴィリデルーネ、様…ど、どうして……?」


ようやく絞り出したその声は自分でも驚くほど小さかった。


「少々、ご一緒いただきたいのです」

「……え?」


リデルが向ける圧は結奈を酷く怯えさせた。


その時だった。


ガシャァン!!


白い皿がヴィリデルーネの足元で砕け散る。


「お嬢様を、お放しください」


皿を投げたのはロセだったようだ。


その瞳には今まで見たことのない怒りが宿っている。


ヴィリデルーネは砕けた皿へ一瞬だけ視線を落とし、小さく息をつく。


「従者の教育は必要ですよ。聖女(アリス)様?」


リデルは笑顔のまま結奈にそう告げた。


「では参りましょう」


その瞬間、結奈の足元がふっと消えた。


「え……?」


結奈は目線を下に向ける。そこには、ウサギの穴のような真っ暗な空間が口を開けていた。



「きゃっあ!!!???」


結奈の身体が宙へ放り出される。


「お嬢様ぁぁぁっ!!」


ロセのその叫びだけを最後に、結奈はヴィリデルーネと共に、底の見えない穴へと落ちていった。

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