貴女の親友
二人が教室の扉が静かに開く、その瞬間だった。
「……聖女様!」
誰かの小さな声を皮切りに、空気が一変した。
「本当だわ!」
「今年も同じ教室に……!」
「なんて神々しいの……」
教室中の視線がメルーナへと降り注いだ。
結奈は肩を震わせる。
(また……見られてる)
前世では誰にも見向きもされなかった。
なのに今は逆だ。何もしなくても、人々の視線は自分へ集まる。
その熱量が結奈は怖かった。
「……ルーちゃん」
不安そうに立ち尽くくす結奈の前へ、小さな影がすっと滑り込んだ。
「大丈夫だよ」
影の持ち主はリリーナだった。
リリーナは猫が主人を守るように結奈の前へ立ち、視線を遮った。
「行こ」
リリーナは柔らかく笑って結奈の手を引いた、それだけで結奈は少しだけ息が出来た。
「……うん」
二人は手を繋いだまま教室へ入る。
すると今度は別の声が聞こえ始めた。
「誰……あの子」
「聖女様と手なんて繋いで」
「ずいぶん親しそうじゃない」
「聖女様を利用してるのかしら」
悪意は小さな毒になって教室中を漂う中、結奈は顔を曇らせる。
しかし、肝心なリリーナは全く気にしていなかった。
ふわりとスカートを揺らしながら歩く姿は、まるで皆をからかう猫だった。
(……リリーナちゃん、平気なの……?)
そんな結奈の心配とは裏腹に、さらに声が飛ぶ。
「身の程知らず」
「聖女様に相応しくないわ」
「何様なのかしら」
その時、教室の奥から誰かが小さく呟いた。
「…………あれ、あの子……ルイル家のお嬢様じゃない?」
教室中の空気が凍る。
「え……」
「ルイル家?」
「嘘でしょう……?」
さっきまで威勢よく笑っていた令嬢達の顔色が一斉に変わった。
ルイル家。
百年以上もの間、軍団長という座を独占し続けている最強の名家。その家名はレミーラ王国も通り越し、様々な国の子供でも知っている。それほどルイル家は有名な家系だ。
「それなら……」
「最初から言ってくだされば…」
「ルイル家なら当然ですわ」
皆の手のひらが返る、それはあまりにも簡単に。
(違う、違うよ)
私は、リリーナちゃんがルイル家だから仲良くなったんじゃない。
結奈の胸の中で何かが弾けた。
「……違います!!」
教室中にシーンとした空気が広がる。
あの聖女様が声をあらげたのだ。
誰もが青ざめる中、結奈は震えながら、それでも言葉を止めなかった。
「私は……ルイル家だからリリーナちゃんと一緒にいるんじゃありません!」
結奈は涙を堪えながら、それでも真っ直ぐ前を見る。
「私は……リリーナちゃんだから、大好きなんです!」
結奈の言葉に誰も声を出せない。
そんな中、リリーナだけが結奈をしっかりと見ていた。
「……ルーちゃん」
金色のその瞳が少しだけ潤む。やがてリリーナは小さく笑った。
「へへっ」
その笑みは誰にも掴めない猫の笑みではなく、親友にだけ向ける劇場育ちの少女のような優しい笑顔だった。
リリーナはくるりと振り返り、令嬢達を見つめる。
「聞こえたて?わたしね、今さら悪口くらい慣れてる。でもね」
リリーナは笑っている。なのにその笑顔は少しも温かくなかった
「ルーちゃんを悲しませる人は許せない」
教室中が息を呑む。
リリーナは首を傾げ、猫が悪戯を思いついたような笑みを見せた。
「あと、悪口は一時の娯楽だけど、その娯楽のせいで品格を失わないようにね」
令嬢達は真っ青になり、誰一人として反論しなかった。
空気が重く沈む。
その空気を吹き飛ばすように、リリーナはニヤッと笑った。
「ルーちゃん!お庭行こ!」
「えっ、授業は……?」
「一回くらい女王様も天使も許してくれるよ!」
「えぇぇ……」
結奈は苦笑しながらも少しだけワクワクしていた。
………
花園では春風が花びらを運び、白いティーテーブルが二人を待っていた。
そこはまるで終わらないティーパーティー会場のようだった。
「ついた!」
「わぁ……綺麗」
リリーナは椅子を引き、気まぐれな帽子屋のように結奈をエスコートする。
「どうぞ、お姫様」
「もう……リリーナちゃん」
結奈は照れ笑いしながら座る。
「ねぇ、ルーちゃん」
「うん?」
「わたしね」
リリーナは結奈を見つめる。
「小さい頃からずっと悪口言われてたんだ。
あんたみたいな小柄が軍を導けるわけがない、ルイル家もここでおしまいかって、ずっと悔しかった、でも反論したところでさらに酷く言われるだけ。だからね、わたし諦めてたんだ。でも、ルーちゃんはそんなやつらを怒ってくれたよね。わたし、本当に嬉しかった」
リリーナの言葉に結奈は静かに微笑む。
「……ありがとう、ルーちゃん」
リリーナは結奈に感謝を伝えた。
「へへっ、ごめんね?マイナスな話ししちゃって」
「…うんん、むしろありがとう、話してくれて。リリーナちゃんの今までの苦しい気持ち、それを私に教えてくれて、すごく嬉しい」
リリーナは少し驚く。
「普通、こういう話って重いじゃん?嫌にならない?」
結奈はゆっくり首を振った。
「おかしいかもだけど、私はね、誰かの幸せより、誰かの痛みを知れた方が嬉しいの。その人が本当の姿を見せてくれたって思えるから。」
その言葉にリリーナは少し黙ってから満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり、ルーちゃん最高!わたしね、今、人生で一番幸せ」
結奈も小さく笑う。
「私も、リリーナちゃんに出会えて、本当に幸せ。」
春風が二人の髪を揺らす。
中指に輝く青い指輪をそっと撫でながら、結奈はこの世界で唯一の宝物を見つめた。
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