表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/19

二回目の二年生

「うぅぅ……お嬢様ぁ……」


まだ窓から差し込む日差しも柔らかい時間、それなのにメルーナの部屋では盛大な泣き声が響いていた。


「お嬢様が……二年生にぃ……」

「ロ、ロセさん……」


結奈(ゆいな)は困ったように苦笑いを浮かべる。


「わ、分かりましたから……そんなに泣かないでください……」

「泣かずにいられますか!」


ロセはハンカチで目元を押さえながら首を横に振った。


「つい昨日まで、私の後ろをちょこちょこ歩いていた小さなお嬢様が……」

「そ、そうなんですか?」

「えぇ!」

「まぁ、でも、まだ一年しか経ってませんから……」

「一年も経ってしまいました!」


ロセはさらに涙を流す。


「お、お嬢様ぁ……」

「…そんなに寂しいですか?」

「もちろんですとも」


(……いいな)


ロセのその言葉に結奈は羨ましさを感じてしまった。


結奈が下を向いているとロセの手が頬へそっと触れる。


「ですが……」


そして今度は優しく微笑んだ。


「お嬢様が成長される姿を見守れるのは、私の幸せでもあります」


その笑顔は、まるでドレスや不思議な靴を授ける妖精のようだった。

優しく、暖かく、どんな不安も消してしまいそうな笑顔。


「さあ、改めまして…」


ロセはブラシを手に持つ。


「今日も世界で一番素敵なお嬢様に仕上げますよ」

「…ありがとうございます…」

「いいえ」


ロセはさらさらの髪に優しく触れる。

そのまま制服のリボンを結び直し、少し曲がっていた襟を整え、髪をリボンで結ぶ。


まるで魔法をかけるような手つきだった。


「これで完成です」


結奈は鏡を見る。

もちろん、そこに結奈は映らない。


水色の髪、輝く紫の瞳。


誰もが息を呑むほど美しい、聖女、メルーナ・ヌ・ティアラーが映っていた。


(……やっぱり)


結奈は鏡の中の自分ではない自分を見つめる。


(いつまで経っても慣れない)


見慣れたはずの顔、でも、この顔は私の顔じゃない。


(私は……メルーナさんじゃない)


誰よりもそう思っているのは結奈自身だった。


(私は……ただの結奈)


向けられる憧れ、向けられる愛、向けられる期待。

全部、自分じゃないメルーナさんへと向いている。


(でも)


結奈はぎゅっと胸元のリボンを握る。


(もう戻れない)


だから、私はメルーナさんとして生きられるようにならなきゃ。


………


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」


校門の前に止まる馬車の近くでロセが頭を下げる。


ロセはまだまだ若い娘、しかしその姿は娘を送り出す母親のようであり、魔法で背中を押す妖精でもあった。


結奈は小さく笑う。


「……行ってきます」


校門を潜り抜け、結奈は綺麗に整った道を歩く。

一年前はその広さにも、生徒の多さにも圧倒されていた。けれど今では、この景色にも少しずつ慣れてきた。


それでも……


「……」


結奈が姿を見せた瞬間、周囲がざわめいた。


「あっ、聖女様だ……」

「聖女様……!」

「今年もお綺麗……」


まるで舞台上で歌うプリマドンナのように、人々の視線が一斉に結奈へ集まる。


その視線は憧れ、尊敬、崇拝、誰一人として悪意はない。


だからこそ、結奈には苦しかった。


(また……)


胸が少しだけ締め付けられる。


(みんなが見ているのは……私じゃない)


優しく、美しく、完璧な少女。皆はその姿を見ているだけ。


中身が結奈だなんて誰も知らない。


(……怖い)


自然と俯きそうになる、その時だった。


「ルーーちゃーーーん!!」


聞き慣れた元気いっぱいの声。


次の瞬間、ぽすん。


「わっ!」


背中へ柔らかな衝撃。


「えへへ!」


振り返ると、満面の笑みのリリーナが抱きついていた。


「お、おはよう……リリーナちゃん」

「おはよー!」


尻尾でも見えるんじゃないかと思うほど機嫌がいい。


「ルーちゃんに会えた!」

「昨日も会ったよ?」

「昨日は昨日!今日は今日!」

「ふふ……そうだね」


結奈の頬が少しだけ緩む。

さっきまで感じていた息苦しさが、不思議と消えていた。


リリーナは本当に偉い猫みたいだ。

いつの間にか隣に現れて、いつの間にか笑わせてくれる。


「ルーちゃん!」


ぎゅっ、と自然に二人は手を繋ぐ。


「今年も一緒のクラスがいいね!」

「うん」

「違ったら先生泣かせる」

「た、だめだよ」

「じゃあ学園長」

「もっとだめ!」


結奈はくすりと笑う、そしてリリーナもつられて笑った。


「えへへ!」


二人は手を繋いだまま校舎へ入る。

周囲の生徒は思わず道を譲る。


聖女とルイル家の令嬢。


普通なら近寄りがたい二人。


でも、当の本人達は


「ルーちゃん、お昼何食べる?」

「まだ朝だよ?」

「えー、もう考えとかないと!」

「気が早いなぁ」

「ルーちゃんは何食べたい?」

「うーん……」


そんな他愛ない話で笑い合っていた。


だから余計に目立つ。


「あの二人、本当に仲良しなんだ」

「見てるだけで癒やされる……」

「姉妹みたい」


結奈は聞こえてきた言葉に少し照れてしまう。


「リ、リリーナちゃん……見られてる……」

「いいじゃん!」


リリーナは全く気にしない。


「だってルーちゃん可愛いじゃん!どんどんみせびらかしていこ!」

「そ、そんなこと……」

「ある!」


リリーナは即答だった。

結奈は耳まで赤くなる。


(もう……)


この子には敵わない。


………


教室前の廊下には、大勢の生徒が集まっていた。

新しいクラス表を見つめ、皆が自分の名前を探している。


「ルーちゃん!」

「うん」


二人もクラス表が飾られてある額縁の前へと向かった。


(メルーナ・ヌ・ティアラー……)


結奈は上から順番に目で追う。


その時……


「あーーーーっ!!」

「ひゃっ!?」


突然リリーナが叫んだ。結奈は肩を跳ねさせる。


「リ、リリーナちゃん?」

「一緒!!」

「え?」

「一緒一緒一緒!!」


リリーナは結奈の両手を握り、ぴょんぴょん飛び跳ね始める。


「ほら!!」


リリーナが指差した先…


【メルーナ・ヌ・ティアラー】


その真下に。


【リリーナ・ルイル】


「あ……」


結奈の瞳がゆっくり大きくなる。


「本当だ…」

「やったぁぁ!!」


リリーナは嬉しさのあまり結奈へ抱きついた。


「今年もずっと一緒!」

「うん……!」


結奈も自然と笑顔になる。


「よろしくね」

「こちらこそ!」


二人は笑い合った。


そんなときだった。


「メルーナ!」


賑わう廊下の向こうから、爽やかな声が響いた。

その声に、周囲の女子生徒達が一斉に振り返る。


「王太子殿下よ!」

「王太子殿下!」


黄色い歓声が上がる中、金色の髪を揺らしながら一人の青年が歩いてきた。


まるで物語の主人公のように眩しい笑顔、そして誰に対しても分け隔てなく優しさを向ける、レミーラ王国第一王子、ルイゼンだった。


結奈は小さく息を飲む。


「……ルイゼン、さん」

「久しぶりだね、メルーナ」


ルイゼンは柔らかく笑う。春の日差しのような声。

それだけで周囲の空気まで温かくなる。


「はい……お久しぶりです」


結奈はぎこちなく頭を下げた。


(やっぱり苦手……)


悪い人ではない。

むしろ、誰よりも優しい人だ。だからこそ苦しい。

彼の優しさは、弱っている人の心を包み込む。


けれども、その明るい性格は人によっては毒でしかなかった。口から放たれる優しい言葉は、一歩間違えば最悪死への引き金になってしまう。


そんなルイゼンに結奈は胸が苦しくなる。


しかしルイゼンはそんな結奈の心など知らず、優しく笑った。


「君が元気そうで安心したよ」


その何気ない一言に結奈は顔を歪める。


(そんな風に言われる資格なんて……)


視線を逸らそうとした、その時だった。


ぎゅっ。


「ルーちゃん!」


右手が優しく握られる。

見ると、リリーナがにこにこと笑っていた。


「大丈夫?」

「……うん」


結奈は小さく頷く。


それだけで、不思議と呼吸が楽になる。

ルイゼンはそんな二人を見て微笑んだ。


「君が噂のリリーナ嬢かな?確か…アルバン殿の……」

「はい!」


リリーナはぱっと笑顔になる。


「初めまして、王太子殿下、リリーナ・ルイルです!」


リリーナは深々と礼をする。

さっきまで結奈に甘えていた少女とは思えないほど、美しい所作だった。


「なるほど」


ルイゼンは感心したように頷く。


「さすがメルーナだね、ルイル家のお嬢さんと親しくなるなんて」


その瞬間、リリーナの笑顔が少しだけ固まった。


「…………」


しかしルイゼンは気付かない、そもそも悪意が全くない、ただ純粋に褒めているだけだった。


「リリーナ嬢は次期軍団長(グランドマスター)だからね、メルーナの隣にいてくれると安心できるよ」

「…………」


リリーナは静かに、一歩前へ出た。

その笑顔は変わらない。


けれど、金色の瞳だけが笑っていなかった。


「王太子殿下」

「うん?」

「無礼なのは承知です。ですが、一つだけ訂正させてください」


まるで子猫が笑うような愛らしい笑顔でリリーナは口を開く。


「ルイル家だから、聖女様を守るために、わたしはそんな理由で仲良くなったわけじゃありません」


ルイゼンは首を傾げる。


「え?」

「わたしが純粋に聖女様を好きになったから一緒にいるだけです」

「……リリーナ嬢…」

「そして、聖女様もわたしがルイル家だから近くにいるわけではありません」


リリーナは結奈の手をぎゅっと握る。

ルイゼンに物申すリリーナのその声は柔らかい。


しかし、どこか猫が縄張りを主張するような、不思議な圧があった。


結奈はそんなリリーナを見て慌てる。


「リリーナちゃん……」

「だよね?ルーちゃん?」


リリーナはいつもの笑顔で結奈に問いかける。


「だって、ルーちゃん、わたしがルイル家だって知ったの、最近でしょ?」

「…う、うん。私、アルバンさんとリリーナの家名が一緒なことに全然気付いてなくて…」


結奈は照れくさそうに笑った。


その様子を見たルイゼンは申し訳なさそうに微笑んだ。


「なるほど……俺の言い方が悪かったみたいだ」


ルイゼンは素直に頭を下げる。


「すまなかった」

「…っ!王太子殿下!わたしは王太子殿下に頭を下げさせたかった訳ではありません、ただ分かってほしかっただけです!」


ルイゼンの行動に流石のリリーナも焦りをみせた。


それはそうだ、ルイゼンはレミーラ王国の王太子、つまり次期国王だ、そんな存在が頭を下げたのだ、誰だって焦るはずだ。


「いいや、リリーナ嬢、俺は間違ったことを言ったんだ、誠心誠意謝らせてくれ」


やはり、ルイゼンはやはり悪人ではない。

ただ、まっすぐ過ぎるだけだ。だからこそ結奈はなんとも言えなくなる。


(…主人公だなぁ…)


その性格が、結奈には眩しすぎた。


「では、邪魔をしてすまなかった。メルーナ、また今度お茶会をしよう」

「はい」


そう言い、ルイゼンは視線を浴びながら消えていった。


「…よし!教室に行こ!ルーちゃん!」

「う、うん」


二人は手を繋ぎ、教室へと足を運んだ。

応援したい!と思ったらブックマークやリアクション、下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ