イカレタ支配者
「……行方不明?」
リリーナは眉をひそめ言った。
「え?それ普通に大事件じゃん」
「えぇ、そうなんですよ」
男は肩を落とし、大きくため息をつく。
「本当に困っているんですよ」
そう言って男は前髪をかき上げた。
すると隠れていた眼鏡の奥の左右で異なる瞳がはっきりと見えた。
片方は薔薇を溶かしたような深紅、もう片方は鏡のように冷たく白い。
その整った顔立ちも相まって、まるで舞台の主役のような男だった。
それなのに、結奈はその瞳を見た瞬間、背筋がぞくりと震えた。
(……怖い)
男は笑っている、なのに全然笑っていない。
まるで無機物のような目だった。
「そーいえばさ」
リリーナが腕を組み口を開く。
「まだあんたの名前聞いてない」
男は小さく瞬きをした。
「おや、それは失礼しました」
男は右手を胸へ当て、役者のように美しく礼をする。
「私の名はヴィリデルーネ・クーイ。フメル王国を治めさせていただいております。気安くリデルとお呼び下さい」
治める、どうやらヴィリデルーネはフメル王国の国王のようだ。
しかし、結奈は国王よりも支配者、という言葉の方が合ってると感じた。
「よろしくお願いいたします」
赤と白の瞳が二人を見つめる。
「ルイル嬢……そして、レミーラの聖女様」
「っ……」
結奈は反射的にリリーナの後ろへ隠れた。
胸の奥がざわつく、この人は危険だ。
理由は説明できない、ただ、本能がそう叫んでいた。
リリーナはそんな結奈を見て、一歩だけ前へ出る。
「……ルーちゃんを見ないで」
その一言で空気が張り詰めた。
「…見るな、と言われましても、ルイル嬢の近くにいらっしゃるのですから難しいですよ」
「……はぁ……で?」
リリーナは話を戻す。
「聖女がいなくなった理由、何があったの?」
リデルは少し考えるように目を閉じた。
「そうですね、簡単に申し上げますと、聖女、私の義理の妹がおかしくなってしまったんです」
「?…義理の妹?」
「えぇ、フメル王国の聖女であり、私の義理の妹、バルツが半年前から突然、人が変わったようにおかしくなったのです」
結奈の肩がぴくりと震える。
「以前は私を敬い、私を愛し、私の望む妹でした」
その声は穏やかだった。だからこそ気味が悪い。
「ですがある日突然、義妹は私を拒絶しだしたのです。私を睨み、私の命令を無視し、私を望まなくなったのです」
リデルは心底理解できないという顔をする。
「私は仕方なく、何度か教育しました」
「……教育?」
「ええ、鞭打ちです」
その言葉はあまりにも自然だった。
「言葉で分からないなら身体で教える、国王として、義兄として当然でしょう?」
沈黙が続く。
リリーナは数秒固まったあと、深くため息をついた。
「………いや、待って」
「何ですか?」
「あんた、普通に頭がおかしい」
リデルは本気で首を傾げた。
「そうでしょうか?愛しているからこそ、正しく育てる。当然では?」
「当然じゃない」
リリーナは呆れたように額を押さえる。
「愛は支配じゃない。あんたはそれ履き違えてる。」
リデルは静かに笑った。
「支配?違いますよ。私は義妹を正しい姿へ戻したいだけです」
その言葉に結奈は息を呑んだ。
(この人……。本気で悪いことだと思ってない)
「とりあえず、その後、義妹は部屋へ閉じこもりました。最初はいつもどうり、二、三日で謝りに来ると思っていたのですが、一ヶ月経っても出て来なくて…私は我慢できず部屋を開けました。しかし、義妹はいませんでした。残されていたのは…」
リデルは静かに笑う。
「一枚の紙、そして紙には『じゃあ』と、それだけでした。義妹は以降、消息不明なのです。探しても、探しても、探しても見つからない」
笑顔のまま声だけが低くなる。
「……そんな時、偶然、義妹と同じ聖女としての力を持つレミーラの聖女様を見つけた…」
鏡のような白い瞳が結奈を映した。結奈は思わずリリーナの袖を掴んだ。
「リリーナちゃん……」
リリーナは安心させるように結奈の手を軽く握り返す。
「大丈夫、ルーちゃんはわたしのお友達だから、絶対渡さない」
リリーナの心強い言葉のお陰で結奈の震えが少し収まった。
「ねぇ」
リリーナは猫のようにニヤッと笑う。
「結局さ、妹に逃げられてるじゃん。しかも代用品見つけて満足するとか、ダサ」
リデルの笑顔が一瞬だけ止まる。
「本当に大切ならさ、まず逃げられた理由考えてみたら?まぁ考えなくても分かるけど」
「……」
「ルーちゃんが前に教えてくれた言葉、能ある鷹は爪を隠す、あんたが見下してた妹の方が、あんたよりも一枚上手だったってこと」
リリーナのその言葉はリデルの胸へ深く突き刺さった。しかし笑顔は崩れない。
だが眼鏡の奥の瞳だけが、ほんの少しだけ濁った。
「ルーちゃん!」
リリーナはいつもの柔らかい笑顔へ戻る。
「今日はもう帰ろ!本当はカフェに行きたかったけど、また今度!」
「……うん」
結奈は小さく頷く。そして二人は手を繋ぎ、その場を離れる。
結奈がふと振り返ると、リデルは倒れた護衛の一人を無表情で踏みつけていた。
「役立たずですね。」
リデルはそう淡々と吐き捨てる。
その直後、結奈とリデルは目が合った。
リデルは何事もなかったように、爽やかな笑顔で手を振る。
「またお会いしましょう」
結奈は慌てて目を逸らした。胸が苦しい。
あの笑顔だけは、どうしても好きになれなかった。
「……ルーちゃん」
「えっ?」
「もう大丈夫だからね…」
「…うん」
「……あっ!!」
リリーナは思い出したように口を開いた。
「ルーちゃん!ドレス!」
「あ!」
結奈もドレスのことを思い出し、二人は顔を見合わせて笑った。
先ほどまでの重苦しい空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
………
その夜。
「お嬢様、本日のリリーナ嬢とのお出掛け、いかがでしたか?」
入浴を終えた結奈の髪をロセは優しく乾かしながら聞いた。
「……はい」
結奈は自身を映さない鏡越しに小さく微笑む。
「とても楽しかったです」
(……途中までは)
結奈は少しだけ間を置いて、心の中で付け足した。
ドレスを選んで、ペアリングを交換して、笑って、手を繋いで。
リリーナと過ごした時間は、どれも宝物だった。
なのに最後に現れたあの男、ヴィリデルーネ。
リデルの笑顔を思い出しただけで、結奈の胸の奥は冷たくなる。
「……お嬢様?」
「えっ、あ……ご、ごめんなさい、少し考え事をしていました」
ロセは柔らかく笑う。
「今日は沢山お外におりましたからね、お疲れでしょう。ゆっくりお休みください」
「……はい」
そう言い、髪を乾かし終わったロセが部屋を出ていく。
パタン、扉が静かに閉まる音だけが響いた。
結奈はベッドへ飛び込むように横になる。
柔らかな布団に顔を埋めても、頭の中は少しも静かにならない。
結奈は思い出す、リデルの言葉を。
………
『義妹が半年ほど前から、おかしくなったのです』
『何の前触れもなく、まるで別人のように』
………
「…………」
結奈はゆっくり顔を上げた、心臓が嫌な音を立てる。
(半年……人が変わった……。)
その言葉に、結奈はどうしても引っかかる。
「…もしかして」
結奈はぽつりと呟く。
「魂の……入れ替わり……?」
結奈は真っ白な景色を思い出した。
しかし、その前の事までは思い出せない。
ただ、目を覚ましたらいつの間にかメルーナになっていた。
(……何で思い出せないんだろう…)
「……」
結奈は布団をぎゅっと握る。
もし、バルツさんも私と同じように「中身だけ」が別人になっていたのだとしたら…
突然、性格が変わった、突然、価値観が変わった、突然、全てが変わった…何故ならば別人と入れ替わったから、そう考えれば、全部が繋がる。
「でも……」
結奈は首を振る。
「証拠なんて、何もない……」
全部、自分の想像、偶然かもしれない。
考えすぎかもしれない、それでも。
胸騒ぎだけは消えなかった。
(バルツさん……)
顔も知らない少女、けれど、どうしても他人だとは思えない。
結奈は静かに目を瞑る。
(もう、分かんないや…)
結奈はそのまま、深い眠りについた。
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