謎の男
「っ……!」
突然、結奈の細い腕が強く掴まれた。
「いたっ……」
結奈は驚いて顔を上げる。
すると目の前には、一人の男がいた。
黒髪に赤いメッシュ、眼鏡の奥で細められた異色の瞳。
まるで舞台役者のような優雅な笑みを浮かべており、そしてその後ろには観客のような鎧姿の護衛が何人も控えていた。
男は結奈に軽く頭を下げる。
「こんにちは」
「……だ、誰ですか……?」
結奈は怯えながらも一歩下がろうとする、しかし強く掴まれた腕は離れない。
その瞬間だった。
シュッ──
銀色の刃が男の喉元へと突き付けられる。
「ねぇ」
リリーナは男にナイフを突きつけ、いつもの明るい声ではなく、引くく圧のある声を出した。
リリーナは結奈を庇うように立ち、猫のように鋭い金色の瞳で男を睨みつける。
「ルーちゃんの手、離して」
見かねた護衛達が一斉に剣へ手を掛ける、が男は片手を上げ言った。
「下がりなさい」
静かな一言だけで護衛達は止まる。
「ですが陛下——」
「聞こえませんでしたか?」
男は微笑見ながらそう伝える。なのに誰一人として逆からおうとはしなかった。
護衛達は渋々後ろへ下がった。
その様子にリリーナは鼻で笑う。
「ふーん、案外聞き分けのいい犬だね」
男は微笑みを崩さないで言った。
「でしょう?」
そしてそのまま男は呟いた。
「…ですから、噛まれる前に逃げてはいかが?悠々自適な子猫さん」
「……は?」
その場の空気が凍った、次の瞬間。
ドゴォッ!!
リリーナの回し蹴りが男を襲った。男は咄嗟に攻撃を腕で受ける。
しかし衝撃は殺しきれず、男は結奈の腕を離し、大きく後ろへと滑った。
「っ……!」
男は腕の痺れに耐える。どうやら男が思っていたよりも遥かにリリーナの攻撃は重かったようだ。
その隙に結奈は慌ててリリーナの後ろへ逃げ込む。
「リ、リリーナちゃん……」
「大丈夫だよ」
リリーナは振り返りもせず答える。
「ルーちゃんには指一本触らせないから」
リリーナのその一言だけで、結奈の鼓動は少し落ち着いた。
一方、男は腕をさすりながら笑っている。
「これはこれは、可愛らしい見た目でしたのでつい油断していました」
「見た目で判断したの?」
リリーナは肩を竦める。
「それ、戦場じゃ一番最初に死ぬやつだよ」
男の笑みが僅かに歪む。
「…………」
「…もしかして今のでビビった?」
リリーナは首を傾げた。
「さっきまで余裕ぶってたのに、急に距離取るじゃん」
にやり、リリーナはそう口角をあげ、男に告げた。
「……噛ませ犬ってやつ?」
男の額に青筋が浮かぶ。
「……捕えなさい」
男がそう言った瞬間、護衛達が一斉にリリーナめがけて飛び出した。
だが…
ガキン!!ドン!ゴッ!!
一瞬だった。リリーナはスルリと剣をかわし、肘を腹に叩き込み、足を払い、ナイフと柄で顎を打ち抜く。
護衛達は次々と地面へと倒れていった。
そして、あっという間に最後の一人が倒れた。
しかし、リリーナの呼吸は一つも乱れていなかった。
「……はい、おしまい」
リリーナは服についた埃を軽く払う。
その光景に結奈は目を丸くした。
(すごい……リリーナちゃん、こんなことできたんだ……)
結奈の胸が高鳴る。しかし結奈の中では驚きよりも頼もしさの方が大きかったようだ。
リリーナは男へ歩み寄る。
男は初めて警戒するように半歩下がった。
するとリリーナは優雅に一礼する。
「改めまして」
右手を胸へ当てる。
「わたしの名はリリーナ・ルイル」
そしてゆっくりと顔を上げる。
「レミーラ王国の次期軍団長を就任予定です」
リリーナがそう告げた瞬間、男の目が僅かに見開かれた。
「……ルイル」
そして結奈もそこでようやく気付いた。
(ルイル……グランドマスター………)
ふと、結奈の頭の中でとある人物の記憶がよみがえる。
教会で出会った巨漢の軍団長、アルバン・ルイルの存在が。
(え、えぇぇぇっ!?リリーナちゃん、アルバンさんの娘さんだったの!?)
結奈は思わずリリーナを見つめてしまう、それに気付いたリリーナは照れくさそうに笑った。
「もールーちゃん、そんなに見られると照れちゃうじゃん!」
殺気は消え去りいつものリリーナに結奈は思わず笑ってしまう。
すると、男は深く一礼した。
「……これは失礼いたしました、ルイル家のお嬢様でしたか」
その声には、先ほどまでの余裕とは裏腹に警戒が混じっていた。
少し空気が張りつめる。
リリーナは結奈を自分の後ろへ隠したまま口を開く。
「それで?何でルーちゃんにちょっかいかけたの?」
男はゆっくりと眼鏡を押し上げる。
「あぁ、そうでしたね」
異色の瞳が結奈を映した、まるで鏡が獲物を映すように。
「我々は…」
男は少しだけ口角を吊り上げた。
「聖女を必要としているだけです」
「……はぁ?…アリス?」
リリーナは眉をひそめる。
「聖女の事ですよ」
「…必要としてるって…フメルにも聖女いるでしょ」
「ええ…」
リリーナの言葉に男はため息をつく。
「正確には、居たんですけどね…」
男は静かな声で告げた。
「情けないことに、半年前から、その聖女が行方不明でして」
男の言葉に、その場は静まりかえった。
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