第32話 上洛(五)
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呂布が何進と対面している最中、郭図は先乗りしていた戯志才に合流して洛陽の情勢について報告を受けていた。晋陽で聞いていた内容と殆ど変わりはなく最重要である袁紹と袁術の動向に話題が移った。
「袁紹は宮中の警備を異様な程に厳しくしている」
「具体的には?」
「自身の部屋の前には顔良と文醜を置いて宮中への出入りは許可証を持つ者だけに限定している」
袁紹と袁術は互いに私兵を集めているが、洛陽の政軍を司る河南尹に就いている袁術の方が多くの兵士を集める事が出来るので袁紹は不利な立場にある。襲撃を恐れた袁紹は生活の拠点を宮中に移した上で洛陽の政情不安を理由に掲げて宮中の警備を厳重にした。
「何進も入れないのか?」
「流石にそこまでしていない。すれば叛意ありと公言しているようなものだ」
丞相である何進を門前払いすれば袁紹自身に帝を人質にして謀反を企てているという疑いを掛けられる事になりかねないので渋々認めていた。
「であれば呂布殿は羽林中郎将の立場を利用するしかなさそうだな」
「許可証が無ければ呂布殿でも無理だぞ」
「そこは呂布殿に上手くやってもらう」
「呂布殿は腹芸が苦手な筈…」
「だからこそ真正面から正々堂々と乗り込む」
「ちょっと待て、気は確かか?」
呂布は前世とは異なり周囲の者の意見に耳を傾けるので突発的な事案が起きてもそれなりに対処出来るようになっているが、知恵者と正面切って対峙するのは苦手で本人もその事を公言していた。
「考えてみろ、羽林中郎将は執金吾直属の配下になるが御上による勅撰だ。罷免するにしても御上の許可が必要だ。少々無理をしたところで御上が庇い立てされるから罪に問われん」
「その点については納得出来る。だがな派手に立ち回って袁紹と全面対決になれば分が悪いぞ」
「既に手は打っている」
「どういう事だ?」
「高将軍と焔陣営の一部が洛陽近郊に向かっている。明日にも郝萌と合流する筈だ」
高順は留守居を自ら買って出てその通りになっていたが郭嘉から洛陽で袁紹辺りとひと悶着ありそうなのでこっそり増援に向かってもらいたいと頼まれた。最初は躊躇していたものの袁紹麾下には呂布が苦戦するかもしれない手練れが居ると言われたのでそれならばと腰を上げた。焔陣営を全員連れて行くと目立ってしまうので精鋭百名を商人や旅人に変装させて順次洛陽方面に向かわせた。出発を見届けた郭嘉は戯志才配下に命じてこの事を知らせる書簡を郭図に届けさせた。
「奉孝は抜け目がない」
「恐ろしい程の洞察力を持っている」
「我々も精進しなければならんな」
「その通りだ。奉孝の足元に近付けるようにならねば」
「俺は引き続き袁紹を監視しておく」
「何かあれば直ぐに知らせてくれ」
*****
「宮中に乗り込む準備があるからそろそろ退かせてもらうぞ」
「ちょっと待て。お前を見込んで頼みがある」
「何だ?丞相を降りて幷州で隠居する気になったか?」
「馬鹿な事を言うな。お前のお陰でやる気が出たのだ。まだ辞める事は出来ん」
「面白くない。で、何だ?」
「儂の娘を預かってくれ」
「幷州で保護しろという意味か?」
「その通りだ。娘といっても養女だが実の娘同様に育ててきた」
何進は妻を早くに亡くしており何皇后の執り成しで軍属になった時分に保護した捨て子を養女として育てた。
「洛陽の情勢が不安定になりつつあるから何が起きても不思議ではない」
「人質として利用する輩が出ないとは限らないというわけだな?」
「その通りだ。状況がひと段落するまでで構わん」
「引き受けよう。丞相に貸しを作るのも一興だからな」
「感謝する。呼んでくるからそこで待っていてくれ」
何進が連れてきた娘を見て呂布は驚いて唖然とした。
「この方は儂の古くからの友人でな。お前をしばらく預かってもらう事にした」
「何進の娘で貂蝉と申します。父が色々とお世話になっていると聞いております」
「ま、まあそんなところだ」
「呂布、どうした?顔色が悪いような気が」
「心配ない。貂蝉殿が知人に似ていたから驚いただけだ」
呂布の前に現れたのは前世では側室として手元に置いていた貂蝉その人だった。
王允の養女だった貂蝉が現世では何進の養女になっていた理由は不明だが董卓や呂布を虜にした美しさは前世と変わらなかった。
「貂蝉殿、幷州は洛陽と違って無骨な者が多い上に華やかさがない。それでも大丈夫なのか?」
「洛陽は賑やかすぎて暮らしやすいようで暮らしにくいと感じておりました。呂布様のお話を聴いて興味が湧きましたので是非ともお願い致します」
「それならしばらくの間になるが身元を引き受けよう」
「呂布、もう一つ頼みがある」
「注文が多いな」
「貂蝉は嫁に出しても良い年頃だ。良縁があれば執り成してくれないか」
「そういう事なら任せておけ。俺が仲介人になれば貂蝉殿を粗略に扱う者は居ない筈だ」
「お前なら側室でも良いと思ったが」
「悪いな。俺は妻を何人も抱えるような器量はない。妻は麗氏一人で十分だ。それに麗綺(娘)の相手をしなければならんからな」
呂布は貂蝉の身元を引受ける事にしたが側室として迎える事についてはやんわりと拒否した。正室と側室が居れば双方の扱いに気を遣わなければならない上に配下が二分するような事になれば統治に支障をきたしかねないという考えがあった。貂蝉は客人として預かって良縁を見つける事に専念して気持ちよく送り出してやろうと考えた。




