【第21話】黒狼の城と、選び取った者たちの絆(その2)
その夜、レオンは澪の部屋を訪れた。珍しく穏やかな顔をしていた。
「今日のお前は......綺麗だった。光を独占したいと思っていた俺が、今日だけは、お前の光をみんなに見せたいと思った」
その言葉に、澪は顔を上げた。何かがそこにあった。名前をつけるには、まだ早い何かが。
「あなたが教えてくれた強さを、ちゃんと使おうとしてる。あなたも、少しずつ変わってきてる」
レオンは不器用に澪の頭に手を置いた。
「俺は......お前を手に入れたことで、逆に、何かに縛られない生き方を知り始めているのかもしれない」
だが、その数日後――広場での一件を境に、レオンはふいに、澪との間に薄い壁を作るようになった。夜ごとの訪れが減り、政務を理由に食事の席にも現れない日が続いた。
「最近、あまり顔を見せてくれないね」
澪がそう尋ねると、レオンは目を逸らした。
「忙しいだけだ」
嘘だと、すぐに分かった。澪はある夜、彼の執務室を訪ねた。レオンは窓の外を見たまま、しばらく口を開かなかった。
「......あの広場で、俺は本気でお前を失うかと思った。あの男が、一歩でも早く動いていたら」
その声には、これまで聞いたことのない怯えが滲んでいた。
「俺は、家族を守れなかった。信じた者に裏切られた。手に入れたものは、いつか必ず失う――それが、俺の知っている世界の理だ。だから、お前に近づきすぎるのが、怖い」
澪はゆっくりと彼に歩み寄り、震える大きな手を、両手で包んだ。
「離れていても、失うときは失う。それなら、そばにいて失う方が、私はいい」
レオンは長い沈黙の後、ようやく澪の目を見た。金色の瞳が、わずかに潤んでいた。
「......お前は、本当に、俺の知らないことばかり教える」
* * *
その頃、帝城の中庭では、マイケルがふらりと現れ、レオンに気安く声をかけていた。皇帝の私室に許可もなく踏み込める人間は、この帝国広しといえど、彼くらいのものだった。
「よう、黒龍陛下。相変わらず、執着しすぎだな、お前」
レオンが剣呑な目でマイケルを見た。
「何のつもりだ」
「隠すなよ。あの子を失うのが怖くて、抱え込みすぎてる。手放す勇気がないのと、大切にすることを、お前は履き違えてる」
「......お前に、何が分かる」
「分からんさ。俺は誰の恋にも興味がない。ただ、遠くから見てて、そう思っただけだ」
マイケルは肩をすくめ、いつもの軽い調子に戻った。
「まあ、俺は真実を言うだけの、通りすがりの美男子だからな。気に入らなきゃ聞き流せ」
レオンは何も言い返さなかった。だが、その夜、彼はいつもより長く、澪の傍らに留まっていた。
* * *
二人の間に、摩擦はまだあった。レオンの強引さと、澪の「自分で決めたい」という気持ちがぶつかることもあった。それでも、二人はその度に、言葉を交わすことをやめなかった。
時折、澪は夜更けに一人、政務の資料に埋もれながら、自分がまだ十八だという事実を、ふと思い出すことがあった。同年代の友人と他愛もなく笑い合う時間も、進路や恋愛の悩みを気軽に話せる相手も、この世界には多くなかった。弱音を吐けば、誰かを不安にさせる。そう思うと、なかなか本音を漏らせなかった。それでも、澪は歯を食いしばって前に進んだ。自分で選んだ道に、弱音を理由にはしたくなかったから。
窓の外では、二つの月が静かに輝いていた。重なりかけたまま、完全には一つにならない距離で――その距離の意味を、澪はまだ、言葉にできずにいた。




