第6話 月毛の牝馬
最初に月毛という話を聞いてから、もちろん写真などでは見てきている。よく言われるのは「クリーム色」という表現。
この後で実物は見るのだが、目の前の写真はクリーム色というよりシャンパンゴールド、いや、ホワイトゴールドといった感じだろうか。
「鹿毛の毛色を濃くする遺伝子があるように、月毛というのは反対に毛色を薄くする遺伝子が働く事によってこのような色になるそうですよ」
「じゃあ、元々は鹿毛なのですか?」
「いえ、元は栗毛なんです。それ以外にも同じ遺伝子で佐目毛や河原毛という毛色も出るそうですよ。外国だと栃栗毛や黒鹿毛のような中間色は区別しないのですが、月毛に関しては細かく区別しているそうです。面白いですよね」
確かに面白い。これが馬の毛色の世界というものか。そして月毛が誕生する理論も実に興味深い。
こんなに遺伝の話を聞かされるのは中学校以来かもしれない。
もう一度資料を見てみると、確かにこの仔馬の父『Couture Colors』は月毛、母『スカイショール』は栗毛となっている。
兄弟の欄に何頭かの名前が書かれているが、四年前までは父の欄が『White Magic』となっている。毛色は栗毛だったり月毛だったり。
恐らくだがアメリカの牧場に買い取られてしまったのだろう。
「ではそろそろ、その馬を見に行きましょう。買い取るかどうかは実際にご覧になってからお決めになられればと思いますから」
五藤場長に促され、残ったお茶を喉に流し込んで、ふかふかの接客椅子から立ち上がった。
海外で種付けをする場合、離乳までは現地で育成するのが普通なのだそうだ。なので生まれて一年半ほどしてから輸送する事が多いらしい。
その月毛の馬もすでに二歳となっており、仔馬と呼ぶにはいささか憚られるような立派な場体であった。
馬を見ていつも思うのは、目が可愛いという事。くりくりしていて睫毛がとても長い。そして仔馬はどの馬も甘えん坊。
日なたに出てきた瞬間に馬体が白く輝いて見えた。どこか特別な雰囲気をまとっているような。一種神々しさのようなものも感じる。
「これが、濱野さんが馬主業の果てに行きついた月毛馬……」
「非常に美しい馬ですよね。私も最初に見た時には、しばらく見惚れて視線が釘付けでしたよ」
「馬体はどうなんですか? 変な癖みたいなのがあったりは?」
「脚が曲がっていたりもせず、健康そのものですよ。餌もよく食べるみたいですしね。この馬の所有権は亡き濱野会長にありましたから、どうなされるかはゆっくりお決めになられたら良いと思います」
五藤場長はそんな言い方をしたのだが、一目見た時、神々しさのようなものを感じてしまった瞬間に私の心は決まっていた。
◇◇◇
一旦引き取った濱野さんの馬たち。数か月かけて各馬の状態を確認し、引退させる馬は引退させ、まだ期待ができそうと感じた馬は奥様に名義を変更。血統的に繁殖で活躍できるかもしれないという牝馬は手元に残した。
さらに仔馬たちも、見た感じで走りそうな馬は奥様の所有とし、残りの半数を買い取りという形にした。買い取った馬の中には例の月毛の牝馬も含まれている。
夕食の後、机の上に馬の写真を並べ、横にはタブレットPCを置いて、所有する事になった馬の写真をじっくりと見る事になった。
写真から放たれる何かを一頭一頭感じ取っていき、そこから得られるインスピレーションを単語にする。名前を付けるこの時間は、馬主として最も頭を悩ませる時間である。何せこれによって、馬たちは母馬の仔から一頭の固有の競争馬へと変わるのだから。
自分の購入した馬の名付けは既に終わっている。今年二度目の大仕事に、妻の千鳥も興味津々でお茶を淹れてじっと写真を見つめている。
「いつ見ても二歳の馬は可愛らしいわね。これはもしかして濱野さんの?」
「うん。半分引き取る事にしたんだよ。だから今年と来年は例年の倍の頭数を走らせる事になるんだけど、その分、預託料がなあ……」
「まあ、仕方ないわね。義理ですもん。あら?」
妻もすぐに例の馬の写真が気になったらしい。手に取ってじっと見つめている。
「これは芦毛? それにしては真っ白ね」
「それは非常に珍しい月毛の馬だよ。濱野さんがどうしても所持したいと言って肌馬(=繁殖牝馬)をアメリカに送って種付けしたそうだ」
「へえ……綺麗……」
うっとりとした目で写真を見つめ続ける妻。私も実物を見た時には目が離せなかったから、その気持ちはよくわかる。
「気に入ったんなら名前を付けて良いよ」
「え? 良いの?」
「ああ。私よりお前の方がセンスがあるからな」
もし私が亡くなった時、濱野さんの奥さんのように「よくわからないからお任せします」なんて言われて、大事な馬たちを他人に処分されるような事になってはかなわない。だから今からちゃんと馬主として育てておかねば。
「他にもどれか気になった馬がいたら名前を付けて良いよ。そうだなあ、名前を付けた馬が勝って賞金が入ったら、配当の一部を褒賞としてあげるよ」
「ホント!? じゃあ走りそうな馬を探さなきゃ」
「これとこれとこれ」、そう言って妻は三頭の馬を選んだ。
それらは全て芦毛の馬。何と言うか、こういう所は夫婦だなと思う。私が栗毛を好むように、妻は芦毛を好むらしい。
「へえ、この馬って三代続けて『ショール』って名前を付けられているのね。じゃあこの仔もそれを継承してあげた方が良いんでしょうね」
その時点で何となく妻がどんな名付けをするか予想ができた。何なら私も付けるならそれだろうと思っていた。
「決めた! この仔の名前は『ムーンショール』!」
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