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ターフに映える朧月  作者: 敷知遠江守
第1章 ムーンショール

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第3話 ブランドフォード系

「月毛? 月毛がどうかしたんですか?」

「いえね、先日濱野さんから月毛の話を聞かされましてね。それからちょっと気になって調べてるんですよ」


 濱野さんから教わった『ミルキィ』という馬の話をしたところ、児玉場長はまたも本棚に向かい、そのうちの一冊を持って戻って来た。


「『ミルキィ』って言ってましたよね。綴りはこれかな。あった、これか。ブランドフォード系の中の『マームード』の系統か。種牡馬の系統としてはもう消えた系統ですね」

「そもそもそのブランドフォード系って走ってる馬なんているんですか?」

「いますよ。でも今だと『モンズン』の系統くらいじゃないですかね。『モンズン』の牝馬は馬力に優れている馬が多いので、雨や坂を苦にしないんですよ。だから快速だけが自慢の種牡馬を付けると良い仔が出るかもしれないんです」


 児玉場長は辞典のように分厚い本のページを二枚めくり、一か所を右手で指差した。そこに書かれていたのが『Monsun』という馬名。そして再度元のページに戻って、その中の『Milkie』という馬名を指差した。

 ここまで系統が離れていると、単に系統が同じというだけで血の類似性などというものは微塵も存在しないのだろう。


「日本は快速馬が貴ばれる傾向にありますからね。こういう四駆のような馬ではあまり成功できないんですよね。『モンズン』産駒の『ノヴェリスト』が輸入されましたけど、あまり良い話は聞こえてこないですもんね」

「そうなんですね。そんな系統で、それも月毛という希少な馬で重賞をねえ。濱野さんはそんな困難な事をやろうとしているんですね……」


 濱野さんはそれを『夢』と呼んだ。

 こうして目の前で馬産をしている児玉場長から話を聞けば、それはまさに『夢』と言うに相応しいかもしれない。

 だが今の私はGⅠを取る事が目の前の目標で、毛色がどうのなんて拘れる状況ではない。こんな私だが、いずれはそんな境地に行く事になるのだろうか……。


 ◇◇◇


 本業であるドローン製造は非常に順調で、当初は玩具として販売したものだったが、近年では外国からの注文も増え、長引く不況の中にあって年々年商は増えている。

 現在は海上、特に波の高い外海を進めるドローンを研究開発している。


 会議室で開発中の海上ドローンの報告を聞いているのだが、報告会では関係者以外の立ち入りを禁じている。

 会社を興すまでわからなかったのだが、ドローンは軍事物資になる恐れがあるらしい。他国のスパイに情報が渡ってしまうと、最悪の場合、ドローンに爆弾を括りつけて飛ばされる恐れがあるのだそうだ。だから情報漏洩が無いように徹底管理するようにと省庁から指示を受けている。


 薄暗くした会議室のスクリーンの前に二人の技術社員が立ち、写真と映像を使いながら説明してくれている。

 社員の目が子供のように輝いており、実に楽しそうだ。


 私がこんな会社を興すようになったのも、元を正せば親父が買ってくれた一台のラジコンから始まっている。

 最初は乾電池数個を車体とプロポに入れるタイプのものだった。よく親父に近所の公園に連れて行ってもらって、そこで思う存分ラジコンを走らせたものだった。

 モーターの音が近くなったり遠くなったり、高く鳴ったり低く鳴ったり、それが手元のプロポで調節ができる、それがたまらなく楽しかった。

 その感動が忘れられず、バイトをしてより早く動くラジコンを買って。そしてついには自分で作りたいと思い立ち起業してしまった。


 きっと目の前にいる社員たちも、そうやってラジコンで遊んできた子供たちだったのだろう。そして私と同じように子供の頃の喜びから夢を抱き、今こうしてそれを叶えようとしているのだろう。


 ……そうか。

 今はできない何かをしたい。それが「夢」か。


「社長、次の報告は先日社長が面白いとおっしゃっていた、馬を模したドローンの開発の件です」

「おお、あれか! あの時は雑談レベルだったけど、どうだ、試作品くらいはできそうかな?」

「それですが……ん?」


 会議の途中だったのだが、突然会議室の扉が開き、慌てて秘書が入室してきた。


「どうした? 報告会は極秘だから、秘書も入室を禁じていたはずだが何か緊急の案件か?」

「申し訳ございません。緊急に報告した方が良いと思いまして」


 報告会は一旦中断して、社長室に戻って秘書の言う「緊急報告」を聞く事になった。



 扉を閉めてすぐに、椅子に座るのも時間が惜しいと言わんばかりに秘書は報告を始めた。


「先ほど入って来た情報なのですけど、鷹羽《たかのは》産業の濱野会長が亡くなられたそうです」


 一瞬、何を言われているのか理解が追いつかなかった。

 だが徐々に理解が追いついてくると、色々と聞きたい事が一気に襲ってきて、あっという間に吹き飛んでしまった。


「……入院していたなんて話、聞いていないけど? それ鷹羽さんに確認取った?」

「はい、もちろん。昨日まで元気に執務をこなしてたという事だそうですので、恐らくは心臓か脳で何かしらあって、という感じでは無いかと推測いたします」


 残念ながら、そこはまだ情報が入ってきていないらしい。つまりはここであれこれ聞いても、今の段階ではわからない事だらけという事なのだと思う。


「わかった。私の方で色々と確認を取ってみるよ」

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