第33話:『人間の明日』
第33話:『人間の明日』
「おのれ……人間ごときが、神の降臨を愚弄するかぁぁッ!!」
大司教の理性が弾け飛んだ。
彼が懐から取り出した極太の聖杭を自らの胸へと突き立てると、背後の『ヘメラの真の核』が狂乱したように脈動を跳ね上げさせた。
ドクゥゥゥゥンッ!!
黒銀の神威が暴走を始める。大聖堂の天井が破砕され、無数の石片が豪雨のように降り注ぐ中、真の核は膨張を繰り返し、一切の物質を呑み込む黒い渦となって肥大化していく。大司教その人もまた、過剰な神威の奔流に呑み込まれ、異形のエーテルの渦へと溶けて消えた。
「世界を無に還してでも、神の平穏を現世に降臨させる...! 滅びこそが完璧な救済だ!!」
核の深層から響く大司教の残留思念。全方位から襲いかかる黒銀の指向性衝撃波が、大聖堂の地下空間を容赦なく削り取っていく。
「くっ...! なんて重圧……ッ!」
クラリスが影の刃を宿した細身の聖剣を交差させ、極小の聖導障壁を展開する。だが、暴走する神威の波に押され、その細い足が石畳を削りながら後方へと滑る。
「クラリス、引くな! 押し返すぞッ!」
ヒルデが大剣を力強く振るい、漆黒の影の刃で黒銀の衝撃波を真っ二つに切り裂いた。散った火花が二人の頬を赤く染める。
「ええ...! ここで倒れるわけにはいきませんわ!」
クラリスは歯を喰いしばり、影の聖剣を地へと突き立てた。自らの魔力とエレボスから流れてくる影の波長を完全同調させ、真の核を取り巻く狂乱の防衛術式を、その繊細な魔術知識で内側から次々と解体していく。
「見えました...ッ ! 核の真ん中、神威が集中する暴走の結節点! あそこを潰せば、暴走は止まりますわ!」
「頼んだぞ、クラリス!」
ヒルデが叫び、大剣を握る手に全神経を集中させる。
二人の背後で、エレボスが固く拳を握りしめていた。
神のスペアとして作られ、感情も命も奪われかけていた少年。だが今、その胸にあるのは冷たい神威などではなく、自分を泥の中から引き上げてくれた二人の手の温もりだった。
「わたしは……神の器なんかじゃない……!」
エレボスが、胸の底から声を振り絞る。
その身体から、かつてないほど純粋で、深く、温かい漆黒の影が解き放たれ、大聖堂の地下全体を包み込んでいった。
「泣いて、笑って……泥に塗れても、自分の脚で歩いていく...! わたしは……人間として生きるんだぁぁぁぁぁッ!!」
少年の魂の叫びとともに、双影の波長が極限まで跳ね上がった。
クラリスの聖剣から放たれた漆黒の光線が、真の核の防衛障壁を穿ち、核の直前まで一直線の「道」を切り開く。
「道は開きましたわ! 行きなさい、ヒルデッ!!」
「応ぁぁぁぁぁぁッ!!」
ヒルデが爆発的な踏み込みで地面を蹴った。
一撃ごとに刃こぼれし、泥と返り血を吸い込み、幾度も修繕されてきた「傷だらけの大剣」。完璧な神の造物とは程遠い、どこまでも人間らしい泥と鋼の結晶。
エレボスの解き放った全ての影が、その大剣の身へと収束し、暗黒の巨刃を形成する。
「これが……生きようとする、人間の強さだぁぁぁぁぁッ!!」
崩落する大聖堂の暗闇を突いて、ヒルデの全霊の唐竹割りが振り下ろされた。
ガギィィィィィィィィィン―――ッ!!
『ヘメラの真の核』の真ん中に、傷だらけの大剣が深々と突き立てられる。
一瞬の静寂。
次の瞬間、真の核に幾重もの漆黒の亀裂が走り、甲高い打撃音とともに、爆発的な光を放って粉々に砕け散った。
ドガァァァァァァンッ!!
狂乱していた黒銀の神威が霧散していく。
聖都を覆っていた無菌の偽りの聖光が瓦解し、崩れ落ちる天井の隙間から、どこまでも高く、澄み渡った朝焼けの空が覗いていた。
(第34話へ続く)




