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巡礼の咎喰い  作者: 捨て石


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第31話:『大聖堂の再会』

 第31話:『大聖堂の再会』

  大聖堂の最深部 -地下へと続く巨大な階段を下りきった先に広がっていたのは、黒銀の光に支配された異形の異空間だった。

  幾重もの聖導の陣形の中央。そこに座していたのは、圧倒的な質量と威圧感を放つ「ヘメラの真の核」だった。どくんどくんと不気味な脈動を打ち、放出される光が周囲の空間を歪めている。

  その真下に、太い聖鎖によって空中に拘束されたエレボスの姿があった。

 「エレボス……ッ!」

  ヒルデが叫ぶ。だが、エレボスの瞳は光を失い、焦点の合わない虚ろな空を見つめていた。核から伸びる黒銀のエーテルの触手が、その幼い肉体へとじわじわと潜り込み、彼の存在そのものを侵蝕している。

 「無駄ですよ。彼の意識はすでに、神の威光の海の底へと沈みつつあります」

  核の前に佇む一人の男が、ゆるやかに振り返った。

 絢爛な金糸の法衣を纏い、荘厳な雰囲気を纏った老人 -機構の頂点に立つ男、大司教だった。

 「ようこそ、愚かな迷い子たち。そして……我が機構の『元・最高位聖女』クラリス」

  大司教の静かな視線が、泥と血に汚れた二人へ向けられる。

 「見なさい。ヘメラの真の核と、完璧に安定したスペア肉体の融合を。これによって神は完全に現世へと降臨し、世界から一切の争い、病み、貧しさ、そして苦痛が永遠に消え去るのです」

 「……あいつの命も心も押し潰して手に入れる平穏なんて、ただの墓場だろ!」

 ヒルデが大剣の柄を固く握りしめ、吐き捨てるように叫ぶ。

 「痛みや苦しみこそが、人間を醜い争いへと駆り立てる毒なのです。この少年の犠牲一つで、生きとし生きるすべての者が苦痛から解放される。これ以上の絶対なる平穏、完璧な救済がどこにありましょう」

  大司教は悲しげに首を振り、哀れむような眼差しでクラリスを見つめた。

 「クラリス。お前もまた、一度は完璧な聖女として神に仕えた身。不完全な人間の生が、どれほど惨めで泥に塗れたものであるか、身をもって知ったはずです。不完全なものなど、どこにも価値はありません」

  大司教の言葉が、黒銀の異空間に朗々と響き渡る。

 かつてのクラリスであったなら、その言葉に首を垂れ、己の不完全さに絶望していたかもしれない。だが、今のクラリスの胸には、あの地下の隠れ家で胃袋に流し込んだスープの熱が確かに息づいていた。

  クラリスは一歩前へ踏み出し、大司教の視線を真っ向から射抜いた。

 「口を……お慎みなさいッ!」

  凛とした一声が、大司教の朗々とした声を破った。

 「何が完璧な救済ですか。何が無菌の平穏ですか! 痛む体で熱を分かち合うことも、他者とぶつかり合ってなお手を取り合うことも拒絶して……感情を失った人形のように生きることが、救いだとでも仰るのですか!?」

 「……愚かな。泥を這う惨めさに毒されたか」

 「不完全で結構ですわ!!」

  クラリスは細身の聖剣を掲げ、堂々と叫び放った。

 「傷つき、泥を這い、愚かに足掻くからこそ……人は誰かの温もりを知るのです! あの泥臭いスープの一杯の美味さも、生きている実感さえ知らぬあなた方に、人間を語る資格などありません!!」

  その言葉は大聖堂の天井を揺らし、大司教の顔から初めて余裕の笑みが消えた。

 「エレボスは……お前たちの便利な人形ではない! 泥に塗れても生きていこうとする、一人の……人間ですわ!!」

 「よく言った、クラリス!」

 ヒルデが大剣を力強く担ぎ上げ、不敵に口元を歪めた。

 「聞き飽きたんだよ、大司教。能書きはいいから……そいつを返しな!」

  二人の気迫に応えるように、大聖堂の空間が激しく打ち震えた。


(第32話へ続く)

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