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巡礼の咎喰い  作者: 捨て石


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第26話:『泥と鋼の賛歌』

 第26話:『泥と鋼の賛歌』

  暗黒の深淵へと破片が舞い散る中、落ちていく巨岩の上でふたつの魔術波長が極限まで跳ね上がった。

 「消えなさい……消えなさいッ! 泥に塗れた不完全な虫ケラどもがぁぁッ!!」

  過剰解放された黒銀の神威が、クラリスの聖剣から幾重もの光の刃となって放たれる。限界を超えた魔力の過熱に彼女の肌は裂け、血が吹き出していたが、狂信に支配された瞳に痛みを感じる様子は微塵もなかった。

 「エレボス……影を合わせるぞ!」

 「ああ...ッ ! これがわたしたちの……生きる意志だ!!」

  足場にした崩落岩を蹴り飛ばし、ヒルデとエレボスが空中で重なる。

 エレボスの手から流れ出す深淵の影が、触媒によって強固に結ばれた回路を伝い、ヒルデの大剣へと津波のごとく流れ込む。二人の絆が宿った重厚な鋼が、極圧の漆黒を纏い、巨大な影の刃を形成していく。

 「大剣影纏――シャドウ・エンチャントッ!!」

  暗闇を切り裂く大一閃。

 それは完璧な神の威光を拒絶し、泥を喰らいながらも泥臭く生き抜く人間の誇りを乗せた一撃だった。

 ガギィィィィィィィンッ -!!

  黒銀の神威と、漆黒の影纏う大剣が真っ向から激突する。

 空間を打ち震わせるすさまじい衝撃波が吹き荒れ、周囲の巨大な崩落岩が一瞬で砂へと粉砕された。

 「な……ッ!? あ、あり得……あぁぁぁぁぁっ!?」

  クラリスの悲鳴が深淵に響き渡る。

 彼女の手に握られていた最高位の聖剣に、一筋の亀裂が入った。次の瞬間、幾重もの影の威圧に耐えかねた聖剣が、甲高い音を立てて木端微塵に砕け散った。

 「ハぁぁぁぁッ!!」

  勢いを殺さぬまま振り抜かれた大剣の腹が、クラリスの胸元を容赦なく叩き伏せる。

 ドカァァンッ!!

 「あぐっ……!?」

  クラリスの身体が崩落の底へ向けて一直線に吹き飛ばされ、底部の泥と瓦礫の山へ激しく叩きつけられた。背の黒銀の光輪が露と消え、彼女は血を吐きながら動かなくなる。

  直後、落下を終えたヒルデとエレボスもまた、底部の湿った泥土の上へと激しく転がり落ちた。

 「は……っ、あ……ふ……っ!」

  大剣が手から滑り落ち、甲冑の隙間から大量の血が泥を赤く染めていく。

 触媒の循環を完遂し、魔力も体力も限界をはるかに超えて干上がっていた。ヒルデもエレボスも、指一本すら動かすことができず、ただ荒い息を繰り返すことしかできない。

 「勝……ったぞ、ヒルデ……わたしたちは……」

 「ああ……泥まみれだが……生きてる……」

  互いに顔を合わせ、不器用に口元を緩めた -その瞬間だった。

 -シュヴィィィィン……

  崩落の塵鬱が立ち込める頭上から、気味の悪いほど静かな風切り音が降り注いだ。

 「――『黒金の祭壇』における反応、完全に静穏化。スペア肉体の定着率、極めて良好。目標の『完熟』を確認いたしました」

  無機質な声とともに、頭上から四つの影が降り立つ。

 全身を隙間なく覆う漆黒の拘束衣と、表情を覆い隠す鉄の仮面。機構の大司教直属 -特別回収部隊『黒衣』だった。

 「なっ……何だ……お前たちは……!?」

 ヒルデは必死に身体を起こそうとするが、重打と魔力切れを起こした体が言うことを聞かない。

  黒衣の兵たちは、泥の中に倒れるクラリスには目もくれず、真っ直ぐにエレボスへと歩み寄った。一人が冷徹な手つきで太い聖鎖を取り出し、動けないエレボスの首と手足へ強引に打ち込んでいく。

 「ぐっ……あぁっ!? 離せ...! 何をする……!」

 「拒絶反応の鎮静化を確認。古代触媒の定着により、肉体は完璧な安定期に入っています。大司教様がお隠れでお待ちです」

 「待て...! 待てッ! エレボスに触るなッ!!」

 ヒルデは泥を噛みながら地を幾度も這い、大剣へ手を伸ばそうとする。

 回収部隊の一人が、哀れみすらこもっていない冷ややかな視線でヒルデを見下ろし、細身の漆黒塗りの刺突剣を引き抜いた。

 「失敗作の廃棄および、現場の口封じを執り行う」

  刃がヒルデの頸椎に向けて振り上げられる。

 「やめろぉぉぉっ! ヒルデに手を出すな!!」

 聖鎖で吊り上げられたエレボスが血を吐きながら叫ぶ。

  刺突剣が振り下ろされかけたその時、別の回収部隊員が低く制した。

 「待て。崩落の余波で峡谷の上層部が完全に崩壊を始めた。長居は無用だ。……どうせこのような瀕死の傷と魔力枯渇では、放っておいても数刻と持つまい。放置して引き揚げる」

 「理解した。任務を優先する」

  兵はあっさりと剣を収めると、聖鎖を引き絞り、エレボスの身体を宙へと引き揚げた。

 「ヒルデぇぇぇぇッ!!」

 「エレ……ボス……っ! 待て……待ってくれ……っ!」

  指一本動かない体で、ヒルデは血の混じった泥を吐きながら、遠ざかるエレボスへ必死に手を伸ばした。だが、虚しく空を切った手は、ただ冷たい泥へと落ちる。

  頭上から降り注ぐ岩くずの隙間から、回収部隊はエレボスを伴い、聖都の方向へ向けて影のように消え去っていった。

  残されたのは、崩落の静寂。

 泥の中に伏し、エレボスを奪われた絶望に打ちひしがれるヒルデと。

 少し離れた場所で、用済みのゴミとして切り捨てられ、ただ呼吸だけを繰り返す元・聖女クラリスの姿だけだった。


(第27話へ続く)

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