第25話:『侵蝕の狂信』
第25話:『侵蝕の狂信』
「くっ……あぁ……っ!」
細身の聖剣から伝わるすさまじい衝撃と魔力の弾かれ様に、クラリスは目を見開いた。
踏み込んだ右足の爪先から、石畳を滑るいやな摩擦音が響く。かつてただの一度たりとも、人間の矮小な魔術や剣技相手に後れを取るなど考えられもしなかった。それも、目の前に立ち塞がるような、泥と血に汚れた泥臭い重装騎士ごときに。
「不潔な人間ごときが……ヘメラ様の魔力を巡らせ、定着させるなど……!」
クラリスの口唇から、ヒタヒタと憎悪が溢れ出す。
整っていたはずの顔立ちが屈辱と狂心によって不自然に歪み、白磁のような肌に青白い筋が浮かび上がっていく。
「許さない……絶対に許しませんわ! あのお方の完璧な救済を、あなた方のような不完全な泥虫が汚してよいはずがない……!」
「言葉で勝てると思ってるなら大間違いだ、聖女様!」
ヒルデが大剣を振り抜き、影の奔流を解き放つ。漆黒の衝撃波が空間を裂いて肉薄するが、クラリスは逃げなかった。彼女は細身の聖剣を掲げ、胸元の聖印へと一気に魔力を流し込んだ。
「――お出でなさい、ヘメラ様!!」
ガキィィィン……ッ!
聖剣の刻印が眩く発光し、限界を超えた聖導波長が激しく鳴り響く。彼女の体内に宿された「ヘメラの残滓」が制御の枠を食い破り、爆発的に溢れ出した。
「ぐっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
純白だった法衣が、内側から溢れ出るドス黒い黒銀の光によって染まっていく。光を食らう異形のエーテルが彼女の全身を包み込み、背からは白銀の輝きではなく、黒銀の結晶で形成された不気味な光輪が立ち昇った。
過剰解放。機構から授けられた神威の出力を限界突破させ、自らの身を苛みながら暴走させる禁忌の領域。
「クラリス...! やめろ、そんな出力を出せば君の身体が持たない……!」
影の循環によって息を吹き返したエレボスが叫ぶが、狂気に呑まれかけたクラリスの耳には届かない。
「ハハ……あはははは! 見なさい、これが神の威光! 完璧なる世界の訪れですわ!!」
ドグォォォォォンッ!!
黒銀の衝撃波が、全方位に向けて放射された。
『黒金の祭壇』の極太の石柱群が、一瞬にして爆条のように破砕される。天井を支えていた古代の岩盤が耐え切れずに悲鳴を上げ、巨大な亀裂が峡谷の深淵に向けて縦横無尽に走り出した。
「な……天井が引き剥がれていく……!?」
ヒルデは大剣を盾にし、迫り来る爆風と落石を正面から受け止める。
祭壇全体が、その自重に耐えかねて崩壊を始めたのだ。
足元の石畳が巨大なブロックとなって砕け散り、底なしの暗黒 -「峡谷の最深部」へと崩落していく。無数の巨岩が重力に従って落ちていく中、クラリスは黒銀の光輪を背に輝かせ、狂笑しながら急降下した。
「逃がしませんわ! ここで、全員……ヘメラ様の露と消えなさい!」
「疾く動け、エレボス! 落石を足場にするぞ!」
「くっ……了解だ、ヒルデ!」
崩れ落ちる巨岩の群れ。重力に身を任せて深淵へと堕ちていく広大な空間で、三人の刃が交錯する。
足場が崩れ去る空中戦。クラリスが放つ黒銀の光槍が、暗闇を閃光で焼き尽くす。
ヒルデは垂直に落下する巨岩の側面を蹴り、影を纏った大剣をフルスイングで叩きつける。衝突のたびに巻き起こる衝撃波が、周囲の落石を粉々に打ち砕いた。
「ハハハハ! 苦しいでしょう! 惨めでしょう! それが不完全な人間の生ですわ!」
狂乱するクラリスの聖剣が、神威の暴風を伴って迫る。
「うるさいんだよ……っ! 惨めだろうが、泥に塗れようが……わたしたちは、生きてんだよ!!」
ヒルデは大剣を繰り出し、激突の衝撃で空中で体勢を入れ替えながら、エレボスの伸ばした手をつかみ寄せた。
崩落の深淵 -暗黒の底へと向かって落下の速度が増していく中、命を喰らい尽くす神威の嵐と、泥臭く生にしがみつく漆黒の鋼が、最期の激突へと突き進む。
(第26話へ続く)




