第21話:『白銀の侵蝕』
第21話:『白銀の侵蝕』
夜明け前、峡谷を激しい黒砂の嵐が襲った。
吹き荒れる風が断崖の岩肌を削り、視界を赤黒い砂煙で覆い尽くす。だが、その暴風の唸り声すら押し潰すかのような、重厚で整然とした足音が地鳴りとなって響き始めた。
ズシン、ズシン、ズシン――。
「……な、なんだありゃあ!?」
バザールの外縁部で警戒に当たっていたハンターが、黒砂の嵐の向こうを指して悲鳴を上げた。
砂煙を切り裂いて姿を現したのは、白銀の装甲で固められた異形の大集団――聖導機構が誇る精鋭『異端討伐隊』であった。
白き重装歩兵の列、頭上を旋回する何基もの飛行魔導艇、そして地を這う無人歩兵兵器の群れ。洗練された機構の軍勢が、完璧な陣形を保ったまま峡谷の壺底へと雪崩れ込んでくる。
「討伐開始。対象――峡谷内の異端存在、およびこれらを擁護する不潔な汚物群」
先頭を行く指揮官の冷徹な号令とともに、幾百もの光線砲が一斉に火を噴いた。
――ズバアアアアンッ!
白銀の光束が黒砂を貫き、外縁部の布テントや簡易建物を一瞬で消滅させる。
悲鳴を上げて逃げまどう行商人や掘削者たちに対し、機構の兵士たちは眉一つ動かさず、正確無比に光線銃を掃射していった。
「命乞いなど無用。神の聖域を汚す毒虫どもめ。灰となって散るがいい」
容赦のない殺戮。無法者として逞しく生きてきた市井の人々が、虫ケラのように踏みにじられていく。圧倒的な機構の暴力の前に、バザールは瞬く間に炎と血の海と化した。
「ガドさん! 討伐隊です! 本隊が降りてきやがった!」
アジトの扉が激しく蹴破られ、血まみれのハンターが転がり込んできた。
ガドは一言も発さず、壁に立てかけてあった巨大な鉄塊――破城鎚を肩に担ぎ上げた。その横で、ヒルデが大剣の柄を固く握り締め、エレボスが漆黒の影を揺らして立ち上がる。
「……奴らの狙いは私とエレボスだ」
ヒルデが厳しい表情で大剣を構える。
「街の人々を巻き込むわけにはいかない。私たちが前に出て、奴らを喰い止める」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねえ、ねえちゃん!」
ガドの怒声が、爆音の響くアジト内に響き渡った。
「あいつらの目はな、最初からこの峡谷の人間を一人残らず焼き払う気満々だ! お前らが責任を感じる筋合いはどこにもねえ!」
「ガド……」
「ボリス! 野郎どもを集めろ! 掘削用の爆薬を全部引っ張り出せ!」
ガドは不敵に口端を吊り上げ、背後のボリスに怒鳴った。
火傷痕の老ハンター・ボリスは、煙管を地面に叩きつけると、血走った目で高らかに笑った。
「へっ、待ってましたよ! 綺麗な格好をした機構のお坊ちゃんどもに、俺たち泥喰いの死に様を見せてやりましょうや!」
混乱に陥る街のあちこちで、ガド率いるハンターたちが武器を取り立ち上がった。
採掘用の魔導爆薬を路上に投げつけ、進撃してくる白銀の装甲兵を爆風とともに吹き飛ばす。無法者たちの執念と泥臭い抵抗が、機構の完璧な行軍を一瞬だけ停滞させた。
「ヒルデ、坊主! こっちだ!」
ガドは破城鎚を振り回し、迫り来る魔導兵器の装甲を粉砕しながら、二人のために道を開いた。
「バザール奥の第3坑道へ走れ! あそこは崩落の深淵に通じてる。奴らの大軍勢も、あの狭い穴ぐらまで追ってはこれねえ!」
「だが、お前たちは……!」
ヒルデが叫ぶが、ガドは振り向きもせず、襲いかかる光線斧を破城鎚の腹で受け止めた。火花が激しく散り、ガドの腕の筋肉が跳ね上がる。
「言ったろ! 俺は命懸けで『何か』を守ってる奴の目が嫌いじゃねえんだよ!」
ガドは雄叫びを上げ、光線斧の兵士を力任せに壁へと押し潰した。
「お前は生き残って、その大剣と坊主を何が何でも守り抜け! ここで死んだら、今度会った時に特製スープを奢り返してもらうツケが回収できねえだろうが!」
「……ガド!」
エレボスの胸が強く締め付けられた。
かつては「ゴミ」と切って捨てていたはずの人間たちが、泥に塗れ、血を吐きながら、自分たちを生かすために命を燃やしている。その泥臭くも圧倒的な生の覚悟が、エレボスの魂を激しく揺さぶっていた。
「行こう、エレボス! 彼らの意志を無駄にするな!」
ヒルデはエレボスの手を強く引き寄せると、噴き出す火の海と崩落するバザールを背に、暗い第3坑道へと走り出した。
背後では、ハンターたちの怒号と、機械の破砕音、そして白銀の軍事力が街を踏みつぶしていく爆音が、いつまでも荒々しく鳴り響いていた。
(第22話へ続く)




