第2話:氷の霊峰
第1章:凍てつく芽吹きと、長い旅の終わり
第2話:氷の霊峰
猛吹雪の中、大剣の刃が抜き放たれる「シャリン」という澄んだ鋼の音が、寒冷の静寂を切り裂いた。
山道に陣取っていた『聖導機構』の刺客たちが、一斉にこちらへ視線を向ける。高出力の魔導器を抱えた重甲冑の兵士たちが、吹雪の白闇の中からぬっと現れた白髪の女騎士を捉え、即座に殺気を跳ね上げた。
「……何者だ! ここは聖導機構の特別管理区域である! 直ちに去れ、さもなくば——」
隊長らしき男の威嚇の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
ドッ、と激しい雪煙が爆発した。
ヒルデの脚が凍りついた岩肌を蹴り抜いた瞬間には、彼女の姿はすでに目の前から消失していた。
驚愕に目を見開く甲冑兵たちの死角 -その正面に、地を這うような低空の旋風となって突入する。
「なっ——!?」
応戦の魔導障壁を展開する暇すら与えない。
右腕一閃。身の丈ほどもある無骨な大剣が、重力を置き去りにした速度で横薙ぎに閃いた。
硬質な魔導甲冑ごと、前列の三人すらまとめて両断する凄絶な衝撃波。
金属と骨肉が噛み砕かれる異音が轟き、真っ白な雪原に鮮烈な朱い血飛沫が舞い散る。だが、その血すらも舞い降りる氷の粒に一瞬で熱を奪われ、地面に届く前に黒く凍りついていった。
「敵襲! 敵襲ーッ! 陣形を整えろ! 術式を展開——」
「遅い」
怒号と混乱が渦巻く中、ヒルデの静かな声が吹雪を鋭く通り抜ける。
二年間、ただひたすらに歩み続けてきたのだ。
東の極北から泥の街、生き地獄のような廃墟群まで。暗闇の中で震えているはずの「小さな鼓動」だけを頼りに、泥を啜り、幾度も死線を潜り抜けてきた。
神の残滓だろうと、世界の都合だろうと——今さらこの歩みを止められる道理など、この世界のどこにも存在しない。
力強い踏み込みの一歩。
大剣の柄を両手で握り直すと、縦一文字に振り下ろす。地を割るほどの重厚な斬撃が積雪を派手に巻き上げ、術式を唱えかけていた後衛の魔導士ごと雪の中へと叩き伏せた。
返す刀で間髪入れず刺突。甲冑の継ぎ目を的確に穿ち、喉元を貫く。
無駄な動作は一切ない。かつての泥臭く荒々しい剣技から磨き抜かれ、洗練された「命を刈り取るための舞」がそこにあった。
「ひっ……化け物め……!」
最後の一人となった隊長が、恐怖で膝をがくがくと震わせながら、震える手で魔導銃を構えようとする。
その銃口に、ヒルデの冷ややかな眼光がゆっくりと向けられた。
「あの中に」
ヒルデは刃にこびりついた血を払うように大剣を軽く振ると、氷洞の入口を顎で静かにしゃくった。
「私が探していた大切な相棒がいる。……邪魔をするな」
一歩、静かに歩み寄る。
ただそれだけの動作に込められた圧倒的な戦鬼の圧力に、隊長は腰を抜かし、握りしめていた魔導銃を手放してへたり込むように雪の上へ倒れ伏した。ヒルデはその横を、一瞥もくれずに通り過ぎていく。
背後で倒れ伏す刺客たちの群れと、なおも激しさを増す吹雪。
大剣を背の鞘へと納めると、金属の重い合致音が静寂な寒気に響き渡った。
左手首の包帯の奥——
脈動は、もうすぐそこで「ここにいる」と狂おしく叫んでいた。
ヒルデは深く息を吐き出すと、静まり返った氷洞の暗闇へと、迷いのない足取りで踏み込んでいった。
(第3話へ続く)




