幕間:『白銀の枷、漆黒の救い』
幕間:『白銀の枷、漆黒の救い』
暗闇は、冷たくて、痛かった。
聖導機構の最下層、陽の光すら届かない孤児院の地下室。
幼いクラリスは、抱え込んだ膝の間に顔を埋め、息を殺して震えていた。
扉の向こうからは、聖職者たちの醜い笑い声と罵声。
表では「神の慈悲」を説き、白銀の聖衣を纏う大人たちが、裏では子供たちを踏みつけ、道具のように使い潰す。
(神様なんて、いない……)
この世は偽善と汚物で満ちている。人間が作る正義も祈りも、すべては醜い欲望を覆い隠すための嘘だ。自分を救ってくれるものなど、どこにもない。
絶望の底で迷い込んだ、地下禁書庫の奥。
古代の封印の先で少女が出会ったのは、息を呑むほどに美しく、禍々しい漆黒の残滓――『大悪魔ヘメラ』だった。
人間の浅ましい欺瞞など一蹴する、絶対的な力。
不完全な人間を淘汰し、世界を完璧な無へと還すという、苛烈なまでの純粋さ。
「……きれい……」
人間が語る嘘の神ではない。自分を虐げる汚れた世界を、その清廉な破壊によってすべて滅ぼしてくれる、本物の「絶対者」。
その日、クラリスは嘘の神への祈りを捨て、黒き影の前にひれ伏した。
◆
それから数年。
クラリスは卓越した魔導の才能と、**「清廉で慈悲深い聖女」**という完璧な仮面を創り上げた。
機構の大人たちが好む「可憐で忠実な孤児」を演じ切り、聖導機構の階段を駆け上がっていく。すべては機構の権力と資源を利用し、裏からヘメラの完全なる降臨を手引きするため。
だが2年前、その暗躍は突如として打ち砕かれた。
魔界の本拠地で起きた、ヘメラの討伐。
回収された『神の結晶』に触れた瞬間、クラリスの脳裏へ叩きつけられたのは、崇高なるヘメラが女騎士ヒルデの大剣によって切り裂かれる激痛。
そして――砕け散った神の核が、なぜかその女騎士を庇うようにして砕け散ったという、信じがたい情景だった。
『―—あぁぁぁぁぁっ!?』
暗聖堂の床に倒れ伏し、クラリスは血を吐く思いで叫んだ。
許せない。
神の核が人間に毒され、自我や記憶などという不純物を混ぜ込まれるなどという汚辱。ヘメラ様の聖なる御魂を汚した、あの女騎士が絶対に許せない。
「……大丈夫です、ヘメラ様……」
涙を拭い、クラリスは濁ったルビー色の瞳で結晶を抱きしめた。
「あの器の中に残るあなたの核を回収し……人間が吹き込んだ不純物を、私がすべて削ぎ落として見せます……」
器に溜まった「自我」や「思い出」という名の毒を解体・純化させれば、ヘメラ様は再び完璧な神として蘇る。
そして現在。
『器』が解体可能な状態で現世に現れ、その傍らに再びあの女騎士ヒルデがいるという報が届いた。
クラリスは鏡の前に立ち、優美に微笑んでみせた。
鏡に映るのは、傷一つない白銀の聖衣を纏い、誰からも慕われる最高審問官の、完璧な「嘘の姿」。
「行きましょう。……機構の犬どもを利用して害虫を駆除し、ヘメラ様をこの世界にお戻しするのです」
可憐な聖女の仮面の下で、彼女は冷酷な狂気の刃を静かに研いでいた。
(第17話へ続く)




