忘年会のあれやこれや
高南県からやってきた5人は思わず感嘆のため息をついていた。
国教大附属ボクシング同好会の練習に飛び入り参加して、ランチタイムも共にした後、彼ら5人
羽嶋奏
梶川元貴
護山蒼次郎
李泰誠
伊南口徹
らは、夕方から始まる国教大附属ボクシング同好会の保護者会主催による忘年会へと招待されたのだった。
会場は地御前栄代の自宅。
案内されるがままについてきた高南県の5人が目にしたのは、広大な敷地に建てられた平屋の豪邸。
それとは別に忘年会場として広々とした離れらしき建物。
「薙沢県で唯一観光するべき場所があるとすればここですな」
客野太郎が地御前邸と離れを交互に見やりながらそう言った。
「俺のじいさんちとか、他のみんなの家もそれなりにでかい家とかタワマンなんだけど、地御前の場合はまた別格でお坊ちゃんなんですわ」
井口がそういう通り国教大附属ボクシング同好会のメンバーたちは基本的に育ちがいいのだが、芸術一族の地御前家はその中でもひと際異彩を放っていた。
忘年会場の離れに足を踏み入れて、さらにそれは実感となって迫ってきた。
その広い離れの中は壁面全体がガラス張りの展示スペースになっており、そこには彫刻やオブジェ、書の掛け軸、水墨画、水彩画やクロッキー、油絵。
変わったところでは、かなり精細な貼り絵などが、びっしりと展示されており、さらに壁にかけられた画面からは
『制作・地御前海愛』
の固定テロップが出ている美しい風景の映像。
さらに別の画面では
『地御前菜沙ビオラソロパフォーマンス』
と銘打たれた動画が流されている。
そして、その傍らにはビンテージ物らしき弦楽器が数機展示されていた。
よくよく見れば、先ほどの絵画系の展示物は全て
『地御前栄代・作』
となっており、あの精巧な貼り絵に至っては
『地御前栄代・9歳』
と、これを見て高南県の5人は開いた口が塞がらない様子だった。
「どこから突っ込んでいいのか判断に苦しみますな」
護山が何気なしにつぶやいた。
もはやちょっとした美術館であり、確かに薙沢県で観光するとすればここしかないかもしれない。
あくまで個人宅ではあるのだが。
「こんな美術館みたいな場所で忘年会やって飲んだり食ったりしちゃうわけ?」
「ありえへん・・・日本にこんな場所があったとは・・・」
羽嶋と梶川が口々に驚嘆のつぶやきを漏らす。
そんな中、比較的冷静に展示物を見ていた李が栄代に声をかけた。
「地御前くん、君の作品の表題なんだが、君のお母さんが書いているのかい?」
「わかりますか?」
「やはりね。文字の感じからしてそうではないかと思ってた」
目を細めて感心したような表情を見せる李に地御前は少し嬉しそうに
「小さい頃からお母さんの書く文字が何だか好きで、絵の表題はいつもお母さんに書いてもらってました」
そう言った。
それをそばで聞いていた客野と井口崇通は
「文字の形にも好みというものが発生するのかな?」
「芸術家の感性というものは度し難いものがあるとしか・・・」
とつぶやき合っていた。
そんなこんな感じで驚いたり楽しんだりとしている中、着々と忘年会の会場が整ってゆく。
江波一成こだわりの水炊き鍋を会場の中央テーブルに据えて他のテーブルにも外注したオードブルや飲み物が並び始め、忘年会というより、ちょっとした大企業のパーティーのような雰囲気になっている。
なにしろ参加人数がそれなりで、ボクシング同好会員の家族に顧問の西木匠先生。
薙沢県ボクシング連盟医事委員長の外薗峰允Dr夫妻と長女。
外薗Drの実妹で西木先生の友人枠として、弥能礼文も参加。
何故か国際教育大学附属国際高校の校長まで呼ばれていた。
そんな中、会場中央のテーブルに据えられた、こだわりの水炊きの火加減をみていた江波に宮内白塔が苦笑まじりに話しかけた。
「地御前くんのお姉さん達相変わらずだね」
宮内の視線の先には海愛と菜沙、2人の姉に挟まれ、会場の長椅子で休憩しながら話をしている栄代の姿があった。
「本当に仲良し姉弟だね。海愛さんと菜沙さんのブラコンは相当なものだけど、地御前くんも嫌がってる風じゃないしね・・・おや?」
江波もそう言って様子を見ていると栄代と姉2人に声をかけているのは高南県の伊南口と梶川だった。
江波と宮内が訝しげにその様子を眺めていると、後ろから気の抜けたような護山の声。
「あの2人、地御前のお姉ちゃんズとお近づきになりたいみたいだけど、特に梶川なんかさっき何があったのか、もう忘れたんかねぇ?」
さっきあったことというのは、地御前邸に高南県の5人が案内された時、その中に梶川の姿を見つけた地御前の姉2人が弟、栄代を護る様に立ちはだかり、恐怖に震えながらも必死に栄代をガードしていたことである。
聞けば9月の合同練習で行われた梶川と栄代の練習試合動画を見てしまい、その動画の始まりが試合前でいかつさ3割増しの梶川のドアップであった。
「アレが第一印象で残ってるんだったら、地御前のお姉ちゃんズが警戒するのも無理はねえわな」
そういう護山が江波や宮内と見ている先では梶川と伊南口が海愛と菜沙にしきりに話しかけていた。
一応、先ほどの顔合わせの際の誤解は解けているので、海愛も菜沙も弟、栄代のボクシング仲間という認識で笑顔で接していたのだが・・・・
どうも栄代の様子がおかしい。
目からどんどん光が消えて行き、表情筋が活動をやめたかのように無表情になっていく。
そしてゆっくりと顔を上げて梶川と伊南口に向けたその表情には複数のピキッとマークが浮かんでいた。
その様子に気づいた江波と宮内、そして客野、銀山、井口らが地御前姉弟のそばに駆け寄る。
栄代は伊南口と梶川に光の消えた瞳とピキッとマークでいっぱいの顔を向けて口を開いた。
「カジカワサン、イナグチサン?モウオハナシワジウブンデスヨネー。ボク、オネエチャンタチトオハナシガアリマスノデ」
何やら尋常ならざる様子に気づいた梶川と伊南口は口々に
「お、おう、わかった!」
「失礼するね、地御前くん」
と笑顔で離れて行くが、2人の表情には得体の知れない恐怖心が浮かび上がっていた。
そんな栄代を他のボクシング同好会メンバーが声をかけてなだめ、さらにその様子を見ていた護山が呆れたように1人ごちた。
「地御前もありゃ相当なシスコンだな・・・山田くんに報告報告、と、あぶね〜、海愛さんと菜沙さんに粉かけなくて良かったぜ。伊南口と梶川に感謝だな」
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同時刻、高南県大咲南高校ボクシング部、山田信一のLINE。
『護山より報告!国教大附属の地御前は重度のシスコンである!』
「・・・護山さん、この情報をどうしろと・・・」
スマホを片手に固まる山田信一であった。




