視ているもの
信徳山田ボクシングジムの堂園晴貴です。
先だっての信徳国体ミドル級で優勝し、競技生活に一区切りをつけました。
今は中学を出てから続けている和菓子職人の修行に励みつつ、長年お世話になった信徳山田ジムのお手伝いもさせていただいてます。
最近では国体でお世話になった薙沢県の国教大附属国際高校ボクシング同好会まで信徳山田ジムの一同で出稽古に伺い、私も薙沢県までご一緒させていただいてます。
と、言いますのも実は偶然にも聞き捨てならない話を聞いてしまい、国教大附属の西木先生に直接お伝えするべき、そう思った次第です。
あれは和菓子職人仲間たちと居酒屋に行った時のことでしたね。
あ、私はまだ未成年ですので、飲酒はしていませんよ。
安い焼き鳥の盛り合わせを肴に烏龍茶をいただいてました。
そんな時ですけど、小上がりの方から聞こえてきた会話の内容が
「薙沢県の国教大附属が・・・」
「素人顧問がボクシングを冒涜」
「・・・を潰して思い知らせる」
このようなものでした。
すぐに信徳学院高校ボクシング部の相良監督に連絡し、信徳県ボクシング連盟のグループ LINE で情報を共有してもらいました。
更に相良監督は沿岸ブロックボクシング連盟のグループ LINE にも同様の情報を流して、沿岸地区5県で情報共有。
この上でちょうど私がお世話になっている信徳山田ジムが薙沢県に遠征をするという話がありましたので、私が直接出向き、注意喚起をするという話になった次第です。
私の話を聞いて西木先生は相当に険しい顔をしてました。
「教えてくれてありがとう。うちの生徒を個別に狙い撃ちすると多満井は・・・」
「断片的にしか聞こえませんでしたので、誰の事を言っているのかはわかりませんでしたが・・・」
「・・・しかし、多満井は信徳県に来ていたのか・・・」
「先生は御存知ないかも知れませんが、多満井は日本全国のあちこちに拠点を持っています」
「そうなんだ?」
「平城山体育大学コミュニティですよ。薙沢スポーツ難民だった人の一部も多満井のコミュニティに取り込まれているはずです」
自分で説明しておいてなんですが、言っている私の背筋に冷たいものが走っています。
私は中学を出てすぐ和菓子職人の世界に飛び込み、その中で様々な人間関係に否応なしに巻き込まれてきました。
そこで知ったのが、倫理観が破綻している人ほど自分と同じ世界観を持つ仲間を増殖させる迷惑極まりない能力に恵まれている、という世にも恐ろしい事実でした。
多満井個人が小悪党で逆恨みしかできない小物だったとしても、それと同じ思考回路を持つものが3人集まって行動すれば、それだけでもどれほど害悪になることか。
西木先生は私の言葉に少し考えた後、
「放置でいいかな」
と、想定外の返答。
「これまでの事例や、みんなからの情報を確認してみてよくわかったんだけど、そもそも相手は住んでいる世界が違う」
住んでいる世界・・・・
「彼にとって何のためのボクシングなんだろうね?」
何のための・・・そうですね。
競技者は自分を研鑽して、指導者は競技を通じて選手に理りを教える。
それが本来だと思います。
「だからそもそも立っている位置が違うんだよ。まあ、みんなに注意喚起ぐらいはしておいてもいいと思う」
後で私の方からみんなに伝えておきます。
「よろしく頼む。みんなも君が来ると聞いて喜んでいたからね。特に銀山くんは色々教えて欲しいそうだよ」
強くなっているそうですね、彼。
練習見るの楽しみです。
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場面が切り替わって、少し時間をさかのぼり2日前の夜。
国教大附属国際高校の美術室にて弥能礼文から多満井穐比子に関する多くの情報を西木匠は聞かされていた。
以前に礼文の実兄である薙沢県ボクシング連盟医事委員長の外薗峰允から礼文については色々聞かされており、西木は礼文の現実離れした情報収集能力についても深く詮索せずに飲み込んだ上で話を聞いていた。
テーブルの上に広げられているのは先日、場末の居酒屋で多満井とその一味が話していた内容の一部始終を文字起こししてプリントアウトしたものや、多満井がグループ LINE から全国の取り巻き達に対して指示を出したトーク履歴のスクリーンショットなど。
西木は無言でそれらに目を通し、礼文はそんな西木の様子を不安げに見つめていた。
「差し出がましいことをして申し訳ございません。ですが、先生の大切な生徒さんに関わることでしたので、見過ごせませんでした」
そう口を開いた礼文に柔らかい瞳を向けた西木は微笑む。
「生徒の為に貴重な情報を提供していただき感謝しています。これほどの情報、集めるのが大変だったでしょう」
「それは造作もございませんでしたが、私は1つ読み違いをしておりました」
「読み違い、ですか?」
「多満井と言う方は小物であるという認識は今でも変わっておりません。ただ、その小物たちが群れて寄ってたかって1人の子供を攻撃しようとするのは全くもって想定外でした」
そう語る礼文の声音には静かだが確かに怒気がこもっていた。
西木は口元に手を当て少し何かを考える風だった。
やがて口を開き出てきたのは意外な言葉。
「放置でいいかと思います」
「えっ?」
「多満井たちが何を企み誰を攻撃したところで、所詮は外道の逆恨み。理解を示す者などいません」
「・・・それはそうですが・・・」
「多満井たちの行動に対し僕たちがするべきは、生徒たちへのケアが最優先です」
「・・・あ・・・」
「確かにえげつない攻撃も来るかもしれませんが、最終的に彼らは自滅に向かうと僕は思います」
西木は確信に満ちた口調でそう言い、礼文を見つめていた。
その視線はどこまでも優しく、それに気づいた礼文は
『ぼふん!』
と言う妙な擬音と共に頬を真っ赤に染めて俯いていた。




