逆怨(さかうらみ)②
多満井穐比子が地御前栄代を気に食わない理由、そして自身の持っている影響力を駆使してまでも潰してしまおうと思う理由とは?
多満井にとって対立をする相手の象徴的存在だからというわけではない。
言うなれば相容れない存在なのである。
多満井には多満井なりにボクシングという競技に対する
『正義』
がある。
地御前は・・・・と、いうよりも地御前と西木匠国教大附属ボクシング同好会顧問、このマンツーマンで構築された謎のボクシング。
多満井にとって、地御前のそれはボクシングではない。
「小手先の奇妙な動きでごまかしているだけ。下種の極みだ!」
9月の練習試合で高南工業の梶川元貴と対戦している動画を見た直後の感想だった。
周囲の地御前に対する評価は多満井とは異なり概ね好意的で
『スタイルそのものは極めて異質だが自分のストロングポイントである動体視力や反射神経、的確に急所を捉えるパンチの当て勘や空間の把握能力などを最大限に活かしているクレバーな競技者である』
という評価で一致している。
それがまた余計に多満井を苛立たせていた。
地御前の師である西木匠の経歴や、地御前がボクシングを始めたきっかけについても多満井からすれば
「なめているとしか思えない」
という風に変換されている。
すなわち、地御前は美術部に入部して西木の教えを受けるために国教大附属に入学した。
しかし、美術部は廃部となっており師である西木は学校側が間に合わせで作ったボクシング同好会の顧問となっていた。
地御前はこれまで生きてきた中で、縁もゆかりもなかったボクシングに、西木の教えを受けるためだけに取り組み始めたのである。
故によく関係者が見かけているのは合同練習や試合が終わった後、スケッチブックを開いた地御前が鉛筆を走らせて、会場の様子などクロッキーとして描きあげており、西木がそれを
『美術の師』
として見守っている様子。
西木と地御前の師弟は多満井の感覚からすれば
「落書きの片手間にボクシングをやっている。あいつらはボクシングを冒涜している」
となってしまうのである。
多満井がその憤慢に任せて今とっている行動は日本全国に散らばっている
『多満井チルドレン』
と呼ばれる取り巻きたち、その中には日本ボクシング連盟の審判部で有力な立場にあるものもいる。
それらにグループLINE で地御前の動画を送りつけて情報共有という名の指示を出すことだった。
「ボクシングの競技としての秩序を破壊する邪道に走っている高校生ボクサーをしっかりマークして試合の時には徹底的にファールをチェックするように」
この私的な通達によりレフェリーにマークされた地御前がどれほど戦いづらくなるか、想像に難くない。
多満井は薄く笑みを浮かべ、水割りを口に含むと愉快げに呟いた。
「徹底的に潰してやるからな」




