逆怨(さかうらみ)①
とある場末の酒場の小上がりに平城山体育大学ボクシング部監督の多満井穐比子が数名の取り巻きたちとテーブルを囲んでいた。
多満井は怒りで顔を歪ませており、取り巻きたちもまた苛立ちを隠せない様子で口々に先だって開催された
『沿岸ブロックジュニアボクシングチームとキューバ選抜、ジュニア、ボクシングチーム対抗戦』
に対する批判や恨み事を述べていた。
「何もかもおかしい!なぜ我々が沿岸ブロックだけでなく、日本連盟からも糾弾を受けなければならない!」
そう言ってテーブルを叩き怨嗟の声を挙げたのは江波一成とGonzálezの試合前に江波のことを尋ねた日本連盟の役員2人に対してネガティブな返答をし、試合中にも野次を飛ばしていたあの男だった。
他にも数名、多満井と共に酒場に集まった者の中には地御前栄代とGarciaとの試合で世にも不可解な採点をしたジャッジ3名も混ざっている。
彼らは全員、キューバとの対抗戦が終了した後日、日本連盟から通達を受けそれぞれが処分を受けた。
理由は公式の試合における明らかに意図的な不正採点。
視察に来た日本連盟の役員に対する悪意ある虚偽の情報提供。
特に最初の案件が処分に大きく響き、彼らが所持していたそれぞれのレフェリージャッジA 級ライセンス及び B 級ライセンスの保持者は全員C 級ライセンスに降格。
年明けに開催される全国高等学校選抜大会沿岸地区ブロック予選へのレフェリージャッジとしての参加停止。
さらに沿岸ブロック地区ボクシング連盟役員の資格を1年間停止。
相当に厳しい処分が下されたのである。
「やってくれたな、あいつら!」
この件のみならず多満井は前に薙沢県の国教大附属国際高校ボクシング同好会の客野太郎と銀山御幸を青田買いするために同校の学校長に面会したのだが、そこで散々に見下され、スポーツ推薦によるスカウト行為自体を身も蓋もない態度で跳ねつけられてしまった。
これだけでも激怒級の屈辱なのに沿岸ブロック地区における自身の取り巻きたちまで動きを封じられてしまっている。
確かに多満井はキューバ戦を前にした沿岸ブロック地区、特に薙沢県の国教大附属国際高校ボクシング同好会に対しては
「素人顧問のチームにはちょっと痛い目を見せて現実を思い知らせるんだな」
と、取り巻きたちに指示を出してはいた。
アマチュアボクシング界において実績も地位も全ての面において絵描き崩れで素人顧問の西木匠などとは格が違う。
多満井は本気でそう思い込んでいる。
だが、沿岸ブロックでの現実は多満井が試合会場にすら入場を拒否される一方で西木は強豪校の監督たちと良好な関係を築きチームの強化についても情報交換を欠かさず、またチーム自体も個性的ながら有望な選手が着々と育成されており、沿岸ブロックボクシング競技における西木の評価は着実に高まっていた。
そして取り巻きを使って粉をかけた結果が己の手足として使った者たちの地位と立場を下げてしまい、公式での動きをしっかりと封じ込められてしまった。
「仕方ない。お前たちは、ほとぼりがさめるまでおとなしくしておけばいい。そのうちきっちりと返しはしてやる」
多満井は取り巻きたちにそう言うと、水割りを一口あおり、スマホのグループ LINE に何やらメッセージを打ち込み始めた。
そのグループ LINE とは沿岸ブロックのみならず、日本全国に散らばっている多満井と多満井の取り巻きたちがメンバーのグループLINE だった。
「お前たちに見せてもらった試合の様子だが、やはり潰すならこいつだな」
スマホで再生されている動画の中で動いていたのは・・・・
・・・・・地御前栄代・・・・・




