武領県での小咄あれやこれや
沿岸ブロック5県高校ボクシングチームとキューバジュニアチームとの対抗戦という一大イベントは大変な盛り上がりを見せ、大成功だった。
ただ、キューバチームが予想外な大所帯で来訪したため、沿岸ブロック5県も、各県のボクシング部を擁する大小強弱を問わず全高校の全部員、そして各県連盟の関係者多数を招集する必要に迫られた。
結果、日本連盟の委員が視察に来るほどの大イベントとして盛り上がったわけだが、それだけの人数が集まって平穏無事に終わるなどということもなく、国教大附属の面々の試合が一段落ついたこともあるので、会場である武領高校ボクシング道場やその他の場所で起こったあれやこれやを追いかけてみたい。
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【その1〜通訳練習中です〜】
「があ〜〜っはっはっはっ!!どんなもんじゃ〜〜い!!」
高笑いしてリングから降りてきたのは高南工業高校ボクシング部2年で先の信徳国体バンタム級チャンピオンである梶川元貴。
丸坊主の頭に鋭い剃り込み、いかめしい面構えは到底高校生のそれではない。
その顔に似合わずつい先ほどはリング上でサウスポースタイルからの軽快なフットワークとスピーディーな出入りを見せて、華麗にキューバ選手を圧倒。
最後は右ボディフックからの顔面への右フック、通称
『梶川返し』
なる技を見事に決めてRSC勝ちを収めていた。
梶川は高笑いをしながら、なぜか自分たちのスペースである高南県の集合場所には戻らず、一直線に薙沢県の国教大附属チームのもとへ。
「見たか地御前、どんなもんじゃい・・・・って、ありゃ?地御前おらんの?」
拍子抜けした表情を浮かべる梶川に
「地御前ならキューバチームの監督さんと話してますよ」
と、右目上傷の処置痕が痛々しい客野太郎が指を差した。
「なんじゃい、あんな酷い判定くろうといてケロッとしとる」
「あいつはそういうヤツなんですよ」
客野が言うと梶川は
「凹んどったら景気つけたろ思うたんじゃがなぁ、まぁええわ。あっちの話が済んだらちょっと声かけとこ」
そう言って地御前がキューバの監督と話をしているところに足を向けようとすると近くに座っていた井口崇通から声をかけられた。
「気をつけてくださいよ。怯えてるだけならまだ何とかですがあれが威嚇に変わったらマジで危険ですから」
「分かっとるわい!怯えるだけって、いい加減人の顔見て逃げようとするのはやめるように言っとけよ!」
そう返して梶川はキューバチームのスアレス監督と地御前が話をしている近くにあったパイプ椅子に腰掛けて、待ちぼうけを決め込んでいた。
その時、梶川のすぐそばに褐色肌で金髪のキューバ人美女が何やら鼻歌を歌いながら現れた。
「Los excelentes intérpretes trabajan duro en la práctica.」
「?」
「つーやくのれんしゅうはじめ!」
(ああ、キューバチームの通訳さんか。それにしても美人だな)
そんなことを梶川が考えていると、そのキューバ人美女は地御前とスアレス監督の会話をそれなりに流暢な日本語で翻訳し始めた。
『えしろくん、さっきわきのどくしたぬ』
『ぜんぜんもんだいなかとだす。しあいたのしめたどすえ』
『それならよかとが、きみにききたかこつがあるとよ』
『なんでっしゃろ?』
『もときかじかわ、さっきうちのとしあいしたべや?』
『しましたな』
『あれ、ほんまにこ〜こーせいか?10かいくらい、りゅーねんしてたりせえへん?』
『してまへん。あてとおなじこうこうせーだす』
『いかついわ〜。こまんだんてふぃでるよかいかついわ〜』
『せっしゃもはじめてのときわ、やくざとおもいきょうふでした。いまでも・・・』
キューバ美女が通訳の練習を続けられたのはここまでだった。
会話の内容がツボにはまったらしく腹を抱えて爆笑し始めたのだ。
「¿Kajikawa es incluso más intimidante que el Comandante Fidel? ¿Qué clase de estudiante de secundaria es?」
スペイン語はわからなくてもこれまでの翻訳の流れから何を言って彼女が大笑いしてるのか大体は理解ができた梶川元貴。
椅子に座って腕を組んだまま、ハラハラと涙を流すのであった。
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【その2〜シンガポールは突然に〜】
沿岸ブロック5県とキューバジュニアチームとの対抗戦。
トリを飾ったのが、ヘビー級のGonzálezと江波一成の1戦だったのだが、日本連盟から視察にやってきていた強化委員1名と普及委員1名が観戦。
敗れたとはいえ、国内ヘビー級としてとんでもないポテンシャルを見せつける結果となり、江波の試合動画は即日、日本ボクシング連盟に送られていた。
その日の夜、宿舎 にて国教大附属国際高校ボクシング同好会の面々たちは今日の試合の反省会・・・・などしておらず、早々に布団に潜り込んで丸まって寝ている地御前栄代。
宮内白塔と銀山御幸は寝っ転がってスマホで動画鑑賞。
客野太郎と井口崇通は連れだって宿舎の食堂でお茶などすすって、まったり。
そんな中、江波一成は顧問である西木匠に別室に呼び出され、行ってみると西木先生のほか、
高南工業高校の岩倉監督、
信徳学院高校の相良監督、
唐河中央高校の黒木監督、
武領高校の佐竹監督、
そしてどこかの先生であろう初対面の男性2名。
これらの人物たちに呼び出され、江波は少しの緊張とかなりの不安、そして、ちょっとだけ良さげな話かもという期待を混在させた気持ちになっていた。
「海外遠征ですか?」
思いがけない話を聞かされて、思わずキョトンとする。
「時期的には3月の全国高等学校選抜大会と被るんだけど、江波くんはヘビー級だから参加枠がないでしょう。だから試合経験を積む意味でも日本連盟が選抜したチームの中にメンバーとして加わってもらいたいということだ」
黒木監督がそう言って日本連盟から視察に来ていた2人の委員に目をやる。
そのうちの1人、強化委員の辺見という人物が江波に
「今日のキューバ選手との試合を見て君のポテンシャルは経験次第で、今後日本連盟として推薦するに値すると感じている。だから今回のシンガポールでの親善試合に是非参加してほしい」
そう言って、さらに普及委員の1人である花元も
「他のメンバーは大学生ばかりだが、君の能力はその中に混じって試合をするに十分に耐えうると思いますので、今後の経験値としてどうだろう?」
と、勧めてくる。
江波はちらりと西木匠に目をやる。
『君が決めなさい』
ずっと無言の西木だが、雰囲気がそう言ってるように江波には感じられた。
「僕を評価していただいてありがとうございます。ちょっと緊張してますけど挑戦します!」
この瞬間、江波一成のシンガポール親善試合チームへの参加が決定した。
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【その3〜マジか!?〜】
宿舎の食堂から割り当てられた部屋に戻る途中の客野太郎と井口崇通。
そろそろ寝ようかと会話しながら廊下を歩いていると、突然背後から
「あー!タロちゃんいたー!」
と客野に飛びついてきたのは、昼間、客野が負傷の手当に行った医務室でなかなかに雑な通訳をしてくれた女の子だった。
思いっきり抱きつかれて、その女性の匂いと感触にたまらず慌てふためき
「な、君ねえ!いきなり何を!?」
と、素っ頓狂な声をあげる客野。
医務室ではそんな余裕がなかったが、よく見れば褐色の肌にブロンドのストレートヘアが美しく映えて、可愛らしい顔立ち。
背の高さも客野に近くスレンダーで出るところが出ているため、その感触にさらに慌てふためく。
「よしなさい、離れなさい、若い女性が軽々しく、男性に抱きついちゃいけません!」
そうやって突然現れた通訳の女の子を引き剥がそうとするが、
「いいね〜客野、最高の国際交流じゃない?」
ニヤニヤ笑って井口が見ている。
「笑い事じゃねえ!」
この騒ぎに国教大附属のメンバーたちが宿泊している部屋から宮内白塔、銀山御幸、少し遅れて眠たそうに目をこすりながら地御前栄代が廊下に出てきた。
「あ、ひまのひと!」
地御前を見て通訳の女の子が言う。
「・・・暇じゃない・・・眠い・・・」
「あ、まちがいた!ひるまのひとだす」
「・・・むぅ?なに・・・」
睡眠欲のせいなのか極端に地御前の語彙力が低下している。
「うちらのとこのミゲルとなんかはなしてたべな?つーやくのれんしゅーしてたけどないよいにわろたしまた」
通訳の女の子の方は女の子の方でどこか日本語表現がおかしい。
それでもってこの会話の間も客野に抱きついてひっつきっぱなしの状態。
「こんな綺麗なお姉さんに抱きついてもらうなんて、滅多にあることじゃないからねえ、客野くん、いいなあ」
そう言って笑いかけた宮内に対し通訳の女の子は反射的に
「ベー!だ」
と、舌を出してそっぽを向いた。
「僕、何かしたかな?彼女に・・・」
宮内少し凹む。
そして別室からシンガポール遠征が決定した江波一成が戻ってきて
「一体これはどういうこと?」
と、騒ぎを見てキョトンとする。
「あたし、タロちゃんしあいみて、タロちゃんかっこつよくてすきだからHabanaのじっかにつれてくだよ!」
さらっととんでもないことをくちばしる通訳の女の子に客野は愕然。
銀山、井口は爆笑した。
「い〜な〜、年上の美人お姉さんから逆プロポーズされたようなもんじゃないか。キューバに行っても LINE ぐらいよこせよ」
銀山がそう言えば井口もさらに煽る。
「姉さん女房に可愛がってもらうんだな、タロちゃん」
「銀山!井口!!てめえらぁ!!」
大声を出す客野だが通訳のお姉さんに抱きつかれて頬をすりすりされている状態なので、絵面としては全く締まらない。
そんな中、ぼーっとしていた寝ぼけまなこの地御前が
「ちょっと思ったんだけど、さっきからみんな何言ってるの?」
と、口を開いた。
「地御前くん、どうしたの?」
そう江波が尋ねると地御前は1つ軽くあくびをしてそれから言った。
「この女の子僕たちより年下だよ。多分だけど、11歳から13歳ぐらいかな?」
この発言には十分に場の空気を凍らせる効果があった。
「いや、ちょっと待ってマジか・・・?」
女の子に抱きつかれたまま改めて愕然とする客野。
「そだよ〜あたす、Tianaちゃん。12さい、ちうがく1ねんだす!」
「はああああ!?嘘だろ!どこの世界にこんな発育のいい中学1年生がいるんだよ!?」
銀山が思わず叫ぶ。
宮内も
「僕にはこの子、大学生くらいにしか見えないんだけど」
と、と静かに驚いている。
「・・・いや、待て・・・」
井口が口元に手を当てて何か考えてる風に言った。
「世界は広いからな、こんな12歳がいてもおかしくないかも知らん。実際に、ここに16歳に見えない・・・・」
「・・・井口くん?」
「ハッ!いや、なんでもない!!」
これまで半分寝ぼけていた地御前の瞳が一瞬で覚醒した。
それをよそにティアナは爆走する。
「とにかくTianaはタロちゃんのこと、マジすきだからタロちゃんHabanaむりならあたすがこっちさくるだよ!それでばんじかんかつだぬ!」
とんでもない爆弾を落とされた衝撃に国教大附属国際高校ボクシング同好会の面々が固まる中で、江波は軽くため息をついた。
「シンガポールのこと、話すのは明日でいいか」




