成果
武領県、武領高等学校ボクシング部道場。
ボクシング部監督の佐竹剛の趣味で、いかめしい分厚い木板に、これまた武骨い毛筆体で、先述の道場名が記されている。
強豪校らしく広々としたトレーニングスペースに2基のリングが据え置かれていて、強化環境として申し分ない。
翌日の対キューバジュニアチームとの対抗戦に向けて、沿岸ブロック5県の選手団はもとより、対戦相手であるキューバジュニアチームもまた同じ場所で明日に向けてのウォーミングアップを行っていた。
薙沢県からやってきた国際教育大学附属国際高校ボクシング同好会の面々も思い思いに体を動かしたり、お互いにミットを持ち合ったりして調整に励んでいた。
そんな生徒たちの様子をリング下から眺めながら顧問である美術教師、西木匠は心の中で色々と振り返り運命の皮肉を感じていた。
(自分の本業である美術部に心血を注いでいた頃は学校側からは何1つ見向きもされなかった。それが今は、こちらが要求したことはそれなりに通り、保護者たちからの強力な支援も受け、この前はとうとう専用のリングまでものにすることができた)
ボクシング同好会の練習環境について改善が必要とメンバーの保護者たちから声が上がり、保護者会の発足にまで発展。
西木自身も、なりゆきでとはいえ顧問として関わったボクシング同好会を美術部の二の舞いにすることだけは教師としての責任感から絶対にありえなかった。
だからこそ、彼の元に集った同好会メンバーたちに素人顧問である自分がやれることを散々模索し続けたこの数ヶ月。
気がつけば自分自身は、競技統括 団体の長として、また薙沢県の体育行政を統括する協会の長まで兼任している。
そしてボクシングに関わったことでこれまででは絶対にありえなかった知遇を得て友誼を結ぶこととなり、それがまた自分自身の生活に新たな刺激をもたらしていた。
彼自身も変化したのだろう。
美術部を廃部にされ、教職への熱意も美術家としての創作意欲も根こそぎ失いかけていた時に、丸投げされたボクシング同好会。
やるだけのことをやる、そう決めた彼の元に迷いもなく集ってきた生徒たち。
何もない空き教室からスタートしてほんの数ヶ月だ。
今、彼らは世界最強クラスのジュニアチーム相手に戦おうとしている。
本当に何が起こるかよくわからないものだ。
「何を考えていなさる?西木先生」
様々な思いを巡らせながらリングの上を眺めていた西木に後ろから声をかけたのは武領高校ボクシング部、佐竹剛監督だった。
西木は柔らかく微笑を返すと
「思いがけないことの連続だったと、そして明日のようなことがあるなんて、今まで想像もしていなかったと、そんな思いですね」
その言葉に対し佐竹は太い両腕を組んで頷き、
「それが成果なんですよ!」
と、西木に言う。
「西木先生がこれまで可愛い生徒たちのために無我夢中で突っ走ってきた成果というべきですな。いや、これで終わりじゃないな。まだまだ先生の実は上がるはずですよ」
豪快に笑いながら佐竹は言葉を続けた。
「練習で得た成果。勉強で得た成果。努力で得た成果。どれもこれも全てが本人起源のものばかりです。西木先生のこれまでの行いが可愛い生徒たちの頑張りと結果を引き出している。西木先生起源の大成果ですな!」
がはは、と、豪快に笑い佐竹監督は西木の背中をバシバシ叩いた。
「明日は1つ海の向こうから来た面々に西木先生の成果を見て驚いていただきましょう!」
佐竹の豪快な激励に西木は照れ笑いを浮かべ頷いた。
その時リング上から地御前栄代の声。
「先生、終了前のミーティングお願いします!」




