無礼! vs 失礼!
時間を少し戻して、国教大附属国際高校ボクシング同好会の懇親会当日、昼過ぎの時間帯。
ここは国教大附属国際高校の校長室。
そこで校長を前に1人の男が実に尊大な口調と態度でセールストークのような内容をぶっていた。
「校長先生、これはかなり異例のことです」
いきなりそう口にするとさらに続けて
「我々としましては、今述べました破格の条件でまだ公式戦デビューもしていない選手を、平城山体育大学で引き受けようという話です。それだけそちらのボクシング同好会員、客野太郎くんと銀山御幸くんを評価してるということなんですよ」
突然校長室に現れて早々に名乗りを済ませると、前置きもなしに選手スカウトの話を始めた男に対し校長はといえば冷ややかな視線で、そんな男の様子を見ながら
『・・・・全く、こんな面倒な輩までが我が校に来るようになるとはねぇ・・・・』
と、心中で大きくため息をつく。
ここ最近で精力的に活動しているボクシング同好会の評価は他県やブロック地域の教育委員会や競技団体から高評価を得ており、そちら方面からの問い合わせや合同練習の申し込みなども届いていた。
その一方で薙沢県教育委員会からは
『国教大附属は学校の方針を県の教育理念から違う方向に舵を切るという風に理解してよろしいのでしょうか?』
と、かなり皮肉交じりの問い合わせが届いていた。
元よりそんなつもりなど一切持ち合わせていない校長だが、現実はボクシング同好会のこれまでの活動が保護者やPTA、他県の団体や学校の心を捉えつつある。
これまでの薙沢県教育行政が得ていた評価とは明確に異なるものが表面化してきている。
これまで
『薙沢県の教育理念を最も体現化している高校』
と思われていた国際教育大学附属国際高校は校長の思惑とは裏腹に重要な転換期に立たされているということになる。
校長からすればそんな面倒な時に平城山体育大学ボクシング部監督を名乗る男、多満井穐比子のスカウトに関わっている精神的な余裕など持ち合わせてはいなかった。
先ほどから延々とスカウトのためのトークを続ける多満井を冷めた目で見て、
『全くもって下品というか無礼な男だ』
と、心中で吐き捨てるや、片手で眼鏡を直し片方の手を前に出して多満井を制止するや、こう口にした。
「申し訳ないが言わせてもらう。あなたの話はよくわからない」
そう言われて多満井は思わず
「・・・なっ!!」
と、驚愕の表情を浮かべる。
「校長先生!私がしている話は至極単純なことで、要はボクシング同好会の選手をスカウト・・・」
「それが不要だと言ってるんです。そもそも我が校にはスポーツ推薦などという制度は存在しておりません。生徒たちは行きたい大学は自分で選択します」
この発言はこれまで体育会運動部の世界観で生きてきた多満井にしてみればありえない発言だった。
「推薦制度がないって・・・だったらもし、やりたいスポーツがあって行きたい大学があれば・・・」
「一般入試で受験するに決まってるじゃないですか」
まさに身も蓋もないとはこのことである。
「・・・そ、それでは、校長先生、先ほど私が言いました2名の生徒ですが、なんとか我が校を受験する方向に話を進めていただければ、合否の方はこちらで手を回しますので・・・」
「ですから不要なんです」
多満井の提案を校長は即座に否定。
「客野、銀山、この両名は私も知っていますが少なくとも受験の合否に手を回す必要があるような生徒ではありません。そこからして認識が間違っております」
「・・・ぐっ!・・・」
「このような話はまず、本人たちに打診するべきことではないのですか?ま、私にはそちらの世界のことはよくわからないのですがね」
まさしく水と油。
多満井は一連の会話の中で、これ以上何を言っても話にならないと感じてはいた。
感じてはいたのだが、正直、ここまで自分の世界観を否定されてしまったままでは納得できないプライドを持ち合わせていた。
「先ほどから感じていたのですがね、校長先生。ひょっとして平城山体育大学の事、相当に見下していませんか?」
「見下すとは穏やかじゃない表現ですな」
「そうじゃないですか!わざわざ選手を評価してスカウトに来た人間に対してゼロ回答など、失礼だとしか言いようがない!」
声を荒げる多満井に対して校長も応じる。
「失礼ですか?では、我が校の制度も禄に下調べもせず、いきなりで現れて我が校の生徒をスカウトしてやる?いい大人が十分に無礼だとは思いませんか?」
「よくわかった!もういい!!」
校長の言葉に多満井は表情を歪ませテーブルを叩くと荒々しく、立ち上がり校長室からズカズカと退室して行った。
やり方に問題があるとはいえ多満井には多満井で平城山体育大学ボクシング部に対する思い入れは相当に強い。
それを直接的な言葉ではないにせよ与し易しと侮っていたはずの高校の校長に全否定をされたことはとてつもない屈辱であった。
校長室を出た後の多満井は奥歯をギリギリと噛み締め怒りもあらわに
「絶対にこのままではすまさん!」
と恨み事をつぶやいていた。
一方の校長はといえば
「そういえばこんな LINE が届いてたな」
と、早くも多満井のことなど忘却の彼方にボクシング同好会員、井口崇通の祖父から届いたLINE メッセージに目を通すのだった。




