暖かな日だまり
最近あの頃をよく振り返ることがある。
俺、井口崇通。
ボクシングを始めた頃の俺、毒親がノリで俺に始めさせたボクシング、どうやら俺にはセンスがあったらしい。
ゴールデンキッズ、UJの大会で目の前の相手を次々と殴り倒してきた。結果、周りから「天才」だの「未来モンスター」だの言われ続けたもんだけど、中学生になったあたりで俺も自覚している致命的な欠陥がボクシングもそうだけど、周りとの関係性を壊滅的に悪化させることになってしまった。決定的だったのが試合終了後、審判員からマナー面での注意をされてブチ切れて本部席のテーブルを蹴り倒して暴れてしまい、出場停止の処分を食らってしまったっけ・・・・恥ずかしい思い出だ。
うちの両親はそんな俺を止めようともせずに、その様子を笑いながら見ていて、俺に処分が下ると今度は処分を言い渡した関係者に対し、ヒステリックに怒鳴るなどもう典型的なモンスターペアレントだよな。
あまりにも教育環境が悪いということで、俺は一旦ボクシングから離れて父方の祖父母が住んでいる薙沢県に移住。
祖父母は俺に対して甘やかさず、だが過度な干渉はせず、俺にとってはいい距離感だったと思う。
それにしても薙沢県はスポーツに関してはつくづく何もないところだと思ったな。街の中にフィットネスジムすらないんだから。
仕方ないから、俺は祖父に頼んで、祖父宅のでっかい敷地内の倉庫にサンドバッグを置かせてもらって、毎日叩いて朝晩は祖父宅周辺の広々とした田舎道をロードワーク。
生まれて初めて実に健康的な生活を送っていた気がする。
まぁボクシングに関してはUJ時代にやらかした俺の乱暴狼藉が祟って、どこの学校からもお誘いはなかったからしっかり勉強してなんだか偉そうな名前の国立国際教育大学附属高校とやらに入学した。
何にもない学校に突然、『ボクシング同好会』?
話を聞けば設備なし。顧問は素人。周りも素人。
同じクラスの客野ってやつから
「お前経験者なん?なら一緒に入んね?」
と声をかけられたが、俺みたいなのが入って、昔の病気が出て、また騒ぎになってもいけないから、様子を見ることにしてみたんだ。
なんだか放課後の空き教室を片付けてみんなで基礎トレーニングをやったり、シャドーボクシングの基本をやったり手作り感を感じたな。
「入ろう」
そう決めたのは入学した月の末日。
同好会の部室である美術室の扉を開けたあの時、そこは暖かな陽だまりだったよ。




