行ってきます!
ある日の早朝、午前5時にちょっと足りないくらい、とある部屋の簡易ベッドから身を起こして目覚めたとても小柄な少年。
寝ぼけまなこで見渡した室内には書き散らかしたクロッキーノート、イーゼルとそれに固定されたまだ描きかけのキャンバス・・・・
そう、ここは地御前栄代の自室・・・ではなく、栄代の自宅アトリエである。
彼の自室は別にあり、立派な寝具も備え付けられてあるのだが、そこはほとんど栄代の物置兼衣類の保管庫となっており、彼は自宅にいる時、大抵このアトリエで時を過ごしているのだった。
戸建て平屋の地御前家は、その立地の良さと家が建てられてある土地面積による庭の広さ、そしてその戸建て平屋の見るからに高級な邸宅感・・・どこから見ても紛れもない豪邸である。
そう、地御前家は紛れもない『上流階級』の家庭であると言えるだろう。
肌着とハーフパンツという自宅だからこそのラフな格好でアトリエを出た地御前栄代はそのまま洗面所に直行して洗顔、歯磨きを済ませ、今度は倉庫扱いにしている自室に入り数分後、彼は普段ボクシング同好会でしている運動しやすい体操着に着替えて部屋から出てきた。
ウエストポーチにはペットボトルに入ったスポーツドリンク、スマホなどを入れており、そのまま玄関でランニングシューズに履き替えると庭に出て軽く準備運動。
そして、正門から敷地外に出て道沿いに軽快なペースでランニングを始めた。
走ること20分ほど、栄代は川沿いの道から土手の方まで降りるとそこで、スマホのタイマーアプリを開き、2分4ラウンドインターバル1分に設定したタイマーを起動させ、その場でシャドーボクシングを開始。
最初の2ラウンド、栄代はいつもの独特のスタイルのシャドーではなく、ボクシングの基本通りの実にオーソドックスな動きを披露していた。
小刻みなステップ、短いリーチだが踏み込みが鋭く、その場に相手がいればビシビシとヒットしてしていそうな左ジャブ。
見る人が見ていれば、普通のボクシングでもレベル以上の内容をこなせている。
そして残りの2ラウンド、彼はいつもの構え、小動物が前足でひまわりの種を持っているようなフォームになり、リズムを刻まずにスタスタ歩いて何かを追い詰めるような動き。
ふと気づけば、そのような動きをする地御前栄代の前には、先ほどまで正統派のシャドーボクシングをしていた彼の姿が浮かび上がり、本来の栄代独特の動きに逃げ場を失って追い詰められているシーンが演出されている。
このようなシャドーボクシングを終えると、今度は土手から道路に通じる角度は緩く距離も短い斜面をダッシュで駆け上がる、これを繰り返すこと15本。
そして来た道を軽くランニングしながら帰路につき、栄代は自身を完全に覚醒させた状態で帰宅したのだった。
帰宅後、栄代はすぐに浴室に向かい手早く脱衣するとそのままシャワーで汗を流し落として、しっかり体からシャワーの水滴を拭き取った後、準備してあった学校の制服、国際教育大学附属高校の制服はいわゆる学ランであり、今は時期的に夏服で半袖での見た目さっぱりとした出で立ちになる。
その姿で栄代は両親が待つリビングに向かい、朝食を摂るのだった。
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おはようございます、地御前栄代です。
今日から僕たち国際教育大学附属国際高校ボクシング同好会は、かねてより予定されてました
『沿岸ブロック5県合同強化練習』
に参加するため2泊3日の予定で唐河県唐河中央高校に向かいます。
集合場所は国教大附属国際高校の正門前なんですけれど、まだ全然時間に余裕がありますので両親たちとゆっくり朝食を摂ってから動きます。
リビングに行くと父と母はそれぞれゆっくりと朝食をしていました。
僕が席に着くと家事を手伝いに来てくれている女性が
「おはようございます」
と挨拶をして朝食を準備してくれます。
食事の準備そのものは基本的に母がしてくれているのですが、我が家はそれぞれが結構マイペースに行動しますので、今朝みたいに家族が揃って朝食をするなんてことは結構珍しいのです。
そんなわけで母が作った食事をタイミングに応じて給仕してくれる人がどうしても必要なのでした。
今朝用意してもらったのは、トーストの上に目玉焼きを乗せたやつとミートボールの入った野菜スープ。
これ、僕の大好物で
『ラピュタモーニング』
と勝手に呼んでいます。
うん、美味しい!
『ラピュタモーニング』パクついていると、お母さんから声をかけられました。
「栄代さん、今日からボクシングのお泊りでしたね?西木先生のご指導をしっかりと守って励むのですよ」
優しくも心配そうに声をかけてくれる僕のお母さんは、業界では有名な書道並びに水墨画の分野でものすごく高く評価をいただいている人なんです。
僕はお母さんがその手から紡ぎ出す文字が大好きで、ちっちゃな頃から僕が描いた絵につける表題は、お母さん手ずからの筆を取っていただいていました。
「栄代なら大丈夫だろ。練習試合もあるのだろう?帰ってきたら話を聞かせてくれ」
静かに笑いながらそう言ってくれるお父さんは、特に造形の分野で有名な人。お父さんは
「名前を貸してるだけなんだけど」
と、よく言ってるけれど、結構有名な芸術大学美術大学、国内外問わずいろんなところの名誉学長とか名誉顧問とかいろんな肩書きを持っています。
造形がメインであまり絵画の方には適性が見られなかったお父さんが僕の誕生日に精一杯僕の似顔絵を書いてプレゼントしてくれました。
それは今でも僕のアトリエに飾っているんですよ!
あともうちょっと我が家の家庭事情を紹介しますと、僕には2人姉がいます。
2人とも大学に進学していまして、すでにこの家を出て1人で暮らしています。
上の姉は芸大に進んで映像技術を収めるつもりであるとのこと。
下の姉は音大に進んで主に弦楽器を中心に学んでいるそうです。
・・・と、まぁ地御前家はこんな感じの家でして、そんなだから高校進学直後に僕が
「ボクシング始めました!」
と、なった時には地御前家は上下左右へと大騒ぎになったものでした。
その日のうちに2人の姉たちからは山のようにLINE の通知が届き、
「えーくん、そんなちっちゃい手でボクシングなんてやって大丈夫なの?」
と上の姉から、そして下の姉からも
「しろくん、ボクシングってヘビー級って大きな人と試合になったらしろくんちっちゃいから潰されちゃう・・・」
・・・それぞれから心配の連絡が・・・
母に至っては
「両手にグローブをつけるのでしたっけ?叩き合いにならないか心配です」
・・・叩き合いをするスポーツなんです・・・
そんなこんなでものすごく心配はされましたが、だからといって反対をされたわけではなく、父はボクシング同好会の顧問がこちらの業界では知る人ぞ知る名匠、西木先生であることに驚きを隠せませんでしたが
「形はどうあれ、縁があって始めたことだからやり通しなさい」
と言ってくれました。
普通科しかないあの高校に進学した理由がそもそも西木先生の存在でしたから。
なんだかんだでみんなマイペースなんですけれど、みんな僕をちゃんと見て支えてくれています。
だから僕もそれに応えるために今目の前にあるこの
『ボクシング』
という課題にしっかりと向き合って1つの形を仕上げたいと思っています。
もうそろそろ出発する時間。
ボクシング同好会のみんなもそろそろ家を出る頃かな?
今日も美味しい朝ごはんごちそうさまでした。
それでは行ってきます!




