交流
国教大附属国際高校ボクシング同好会顧問、西木匠です。
実は今、僕はボクシング同好会のメンバー6人を大型のバンに乗せてある場所に向かっています。
それは今現在僕たちボクシング同好会が活動する上で抱えている問題を解決するための、1つの手段として行動していることなんです。
今は7月の最終週、ちょうど夏休みに入った時期なんですが、それまで我がボクシング同好会の練習は順調に進んでいたと自負しています。
みんなそれぞれ個性的な強みを持っているんですけれど、何よりもボクシングという競技に対する理解がものすごく早く、なおかつ何て言いますか砂漠の砂が水をあっという間に吸い込むような吸収力。
唯一の経験者である井口くんのアドバイスをしっかりと聞いて、自分のスタイルに合うように変換する奇跡的な適応能力。
これって教えてできることじゃないんですよ。
井口くんを除いて5人の中でも特に誰とは言いませんけれど、3人が特にすごいと素人ながらに感じています。
まぁそのうちの1人は僕の方で独自のアレンジを施させてもらっていますけどね。
ここまで聞けば順風満帆と思われるかもしれませんが、ここに来て根本的な問題に僕も含めてボクシング同好会の全員が気づいたのです。
「同好会員6人の内輪でしか練習が回せてない!」
そう、実戦練習をするにしてもこの人数では大抵同じ顔合わせになってしまう。
これが普通の県ならばそれこそ他校に行って出稽古をするなり町にあるボクシングジムでスパーリングをお願いしたりできると思うんですが、何しろ薙沢県ですから、そっち方面が壊滅的なんです!
スマホで検索して、ここまでスポーツ関係にヒットしない県なんて本当にあったんですね!
僕も含めてみんなで額を突き合わせて話し合い、比較的近い高南県か唐河県に遠征してみるのはどうかという案もあったのですが、時期的にインターハイを控えていてバタバタしてる上にしかも今年は我々近隣5県の沿岸ブロックのうちの信徳県で国体が開催されることになっていまして、それこそ立ち上げてまだ1年も経っていない同好会の遠征試合なんて正直お願いできるわけもないです。
結婚資金をボクシング同好会の活動資金に使い込み、決まっていたお見合いを破談にして、両親から
「今度やったら絶縁する。そしてお前を刺す!」
とまで言われている僕にだってそのくらいの節度と言いますか常識はあるつもりです。
・・・・つい口が滑って余計なことを言ってしまいましたので、これは忘れてくださいね。
とにかくそんなわけで、まずはいつもと違う環境、空気、そういうものをなんとか練習の中で確保するために結構怪しげな情報サイトなども駆使して、なんとこの薙沢県に唯一のプロボクシングジムがあることを突き止めることができました。
即日電話連絡し、ジムの代表者から合同練習の約束を取り付けたのですが・・・正直ちょっと電話口でのあちらの様子に違和感を感じましたと言いますか・・・
僕が運転するバンの後部座席ではボクシング同好会のメンバーたちが色々と話してるのが聞こえます。
そんな中で井口くんは車窓の外を眺めて無言でぼーっとしてまして、地御前くんは車内の様子や車窓に映る風景をひたすらスケッチ中。
車酔いしないのか不思議です。
僕が同好会のメンバーたちに薙沢県と唐河県の県境である槙地区にある薙沢県唯一のボクシングジムに遠征することを伝えた時、みんなの反応はそれぞれでした。
地御前くんは
「ふ〜ん?」
みたいな感じで、いまいちピンと来ていないみたい。
江波くんもまぁ似たり寄ったり。
宮内くんはプロのジムと聞いて未知との遭遇に期待している様子。
客野くんは
「他所がどんな風なのか興味はありますね」
井口くんは
「薙沢県のジムだろ?期待しない方がいいと思うぜ」
至極まっとうな反応だと思う。
最初に懸念を伝えてきたのが銀山君で
「すいません、このジムっていうかこのジムがある場所、槙地区ですよね?」
「そう住所に書いてあるね?県境にあるから車飛ばしても片道1時間はかかるかな?」
「・・・・先生、探しておいてもらって申し訳ないんですけれど・・・・このジムの名前(藍野ボクシングジム)とかじゃないですよね?」
「その通りだよ。よく知ってたね」
「ーーーーー!」
「・・・?・・・」
「先生!あそこはダメです!!俺、あそこのことはよく知ってます!代替わりして息子が後継ぎしてるんですけど、あそこはボクシングジムなんてもんじゃないですよ!輩の溜まり場になってます!!」
同好会に参加する前からボクシング好きだった銀山君からのとても貴重な情報だった。
僕もなんとか毛色の違う練習相手を求めすぎていて焦っていたんだと思う。
だけど、やっぱり教え子たちの直感を最優先すべきですよね?
「よくわかった。ただまあ、せっかく話を繋いだ訳だし一応ジムの方に顔だけは出して話はしようと思う。あとはその時の状況次第で臨機応変に」
銀山君の懸念を耳にして他のみんなも不安そうな様子になっていました。
井口君以外ね。
到着しました。
懸念的中!
みんなで藍野ボクシングジムを訪れたのですが、ジム内から漂って来た汗と煙草の臭いが混じったような言ってみればニ昔前の飯場の寝床の様な臭気。
僕もそうですが、メンバー全員険しい表情になり
「先生、ちょっとここは・・・・」
と、客野君がドン引きした表情。
確かにこれはちょっと無理だな。
とりあえず挨拶だけして、今回は遠慮させてもらおうかなと思っていたら、ジム内から僕たちの様子が見えたのか、タトゥーだらけの上半身を見せびらかすかのようなタンクトップ姿の若い男がこちらに近寄ってきました。
「あんたら、どっかの高校のボクシング部、だっけ?連絡よこした」
連絡した時に感じた違和感そのままの応対で、こちらのメンバーを睨みつけるように見回すと
「で、いくらか持ってきたんだよな?」
「は?どういうことですか?」
「おいおい、常識ねえの?こっちはプロなんですけど?プロに物を頼むには金が発生して当たり前じゃない?ンな事も分かってない感じ?」
この二言の三ことの会話で正直、これは完全にダメと感じました。
それにしてもこういう時真っ先にキレそうな井口くんが妙に大人しいと思っていたら、後で聞いたのですが、ジムの中で練習している様子、リング内でのスパーリングなどを遠目に見て一気に興味を失ったとのことでした。
「あんなのならやらない方がマシですよ」
僕も確かにあのジムの会長らしき男の姿と態度に一気に醒めてしまい、同好会のメンバーたちも早くこの場を離れたそうな様子でした。
江波くん、銀山くん、宮内くんはかなり険しい顔つきになり、井口くんや客野くんは興味を失った様子で冷やかな視線を相手に向けて、地御前くんは瞳からすっかり光が消え去って俯いたままでした。
「すみません、そういう事情でしたらこちらも用意できておりませんので、今回はご縁がなかったということで引き取らせていただきますね」
とりあえず穏便に済みそうにない空気でしたけど下手に出て挨拶してサクッとその場を去る流れに持って行こうとしたんですけど、そうしたらジムの奥の方から会長の取り巻きらしき似たり寄ったりな格好の若い男が2〜3人こちらに来ましてね、見たところ、うちのメンバーたちと同年代に見えます。
そのうちの1人がこちらを揶揄するように口を開きました。
「遠いところわざわざ来たのに金払うのが嫌で引き返すんだね?」
そう言って突っかかってきた相手ですが、そこで冷ややかな目でその様子を眺めていた井口くんに気づいて顔色を変えました。
「てめえ!井口じゃねえか!?」
「だったらどうした?」
「ふざけんな!忘れたとは言わさねぇ!」
「忘れた!・・・というか、そもそもお前のことなんか知らねえし」
気怠そうに答える井口くんに相手はヒートアップして何やら喚き散らかしていますが、どうやら以前に試合会場かどこかでトラブルがあった相手のようです。
ただ、困ったことに井口くんが相手のことを全然覚えてないみたいなんですね。
その様子を止めもせずにニヤニヤしながら見ていた藍野ジムの会長でしたが、井口くんが放った次の言葉に顔色を変えました。
「レベル低・・・・底辺かよ・・・・」
「おいガキ!今なんつった、あぁ!!」
これはちょっと見過ごせませんので、僕はすぐ2人の間に割って入ったんですけど、その時に
藍野ジム会長が伸ばした手が僕の胸元を突くような感じになりまして見方によっては僕が小突かれたように見えたかもしれませんね。
その時でした。
「先生、帰りましょう!!」
地御前くんがいつになく大きな声をあげて藍野ジム会長を一瞥するやすぐに背を向けて歩き始めました。
「なんだあのチビ!待てこら!!」
怒鳴り声をあげて身を乗り出す藍野ジムの面々に対して江波くんと銀山くんが立ちはだかり、井口くんと客野くんが睨みを効かせ、端正な顔立ちを険しくした宮内くんが一言
「僕らは失礼します。ここでは無理ですね」
そう言い放ち、僕も軽く頭だけ下げてその場を離れました。
想像がつくと思いますが、帰りの車内の空気は最悪でした・・・
これは完全に僕のミス。
これまで他県のアマチュアボクシング関係者と色々と連絡を取り合って様々なことを教えていただき、スポーツ競技者同士の交流というものは本当に大人の対応が確率されていると感じていたのですが、その思い込みがリサーチ不足を招いてあんなタカり屋みたいな集団があるなんてこと、想像もしていませんでした。
「みんなすまない、僕の下調べが甘くて、みんなを変なところに連れて行ってしまったね」
「・・・先生は何も悪くないですよ・・・」
僕の謝罪に地御前君はそう答えた後に続けて言いました。
「・・・でも2度と行きたくないです」
それが本音だよね。
「途中から地御前がマジギレしてるの気づいてたからさ、ちょっと中の様子見てごまかしてたんだけど、あのジムはひどいわ。あれでプロだなんてよく言う。客から金取れねぇから俺たちみたいなのから巻き上げてんのかね?」
井口くんがそう言うと江波くんも
「僕もそう思う」
と、まったりとした口調で答えました。
「ボクシング始めてまだ半年にもならないけど、その僕から見てもあれはない」
「だろ?」
江波くんと井口くんの会話が弾みかける中、
「先生、学校近くまで行ったらちょっとコンビニで休憩してから帰りませんか?あんなことがあった後だから小腹が空いちゃいまして・・・」
客野くんの提案にみんなも賛成し、薙沢県名物?
『23時で閉店するコンビニエンスストア』
で、休憩することになりました。
コンビニエンスストアと言うにはいささか広めの店内で、ボクシング同好会のメンバーたちは思い思いに軽めの食べ物を購入し、僕はイートインスペースに座って、それぞれの家族さんに電話で事情を説明し、ほどなく帰宅することを伝えておきました。
そしてちらりと店内を眺めてみると、うちのメンバーたちと何やら話し込んでいるジャージ姿の高校生たち、見ればそのジャージには『BOXING』の文字?
――――――――――――――――――
西木先生が話していた通り、今回の遠征は残念ながら盛大な空振りに終わってしまいました。
宮内白塔です。
まあ、あのようなどうしようもないところと関わって変な繋がりができてしまっても困りますからね、これで正解だとみんな思ってますよ。
だから先生もそんなにがっくりしないでほしいですね。
みんなもそう思ってますよ。
帰りに客野くんの提案で、みんなでコンビニに寄って一休みすることになりました。
僕は銀山くん、江波くん、客野くん、地御前くんたちと軽めのフードやドリンクを物色し、井口くんはちょっと気になるサプリメントがあるらしくそちらの棚を凝視している最中です。
すると僕らの隣に気になる一団が。
ジャージ姿で、背中に『BOXING Team』の文字。
思わず
「あれ?」
と声を出してしまい、その一団のうちの1人から
「はい?」
と返事が帰ってきちゃいましたので、思い切って尋ねました。
「すみません、ジャージにBOXINGって入ってたから。どっかから遠征に来られてるんですか?でも薙沢県に遠征?」
「あ、そういうこと?いやいや、俺たちは地元がこっちなだけでボクシングをやるために他県に行ってただけ。夏休み利用して帰ってきてるんだ。唐河県の十河学園ボクシング部なんだ」
え、ええええっ!?
思わずパニクってしまったけど、その後は十河学園ボクシング部のみんなと色々と情報交換をさせてもらいました。
唐河県以外にも高南県、信徳県、武領県にも薙沢県からボクシングをやるためにボクシング部のあるあちこちの高校に薙沢県出身者が結構な人数いて、彼らは薙沢県出身者同士でグループ LINE で繋がって夏休みみたいな長期休みにはこちらに日にちを合わせて帰ってきているとのことで、その間は出身中学の体育館などを借りて、みんなで練習をしているとか・・・・
・・・・これってもしかして・・・・
僕らの話を聞いていた西木先生が、十河学園ボクシング部のみんなに声をかけてきました。
「ちょっと失礼、いいかな?提案なんだけど夏休みの間、薙沢県出身者で各県のボクシング部員が一緒に練習するのなら、よければうちの同好会も一緒にやらせてもらって大丈夫かな?」
「それいいですね!地元にボクシング同好会ができたという噂は聞いていましたけど、そういう機会があるなら是非にお願いします!」
十河学園ボクシング部のみんなもかなり盛り上がり、僕たちはそれぞれLINE グループの交換をし、連絡を取り合えるようにしておきました。
そこにサプリメントを購入し終えた井口君が現れ
「そろそろ撤収しねぇ?」
と声をかけてきた様子を見て、十河学園ボクシング部のみんなが軽くパニックに!
「あれ、井口じゃないか!?」
「UJ の試合の後、野次を飛ばした観客をぶん殴って警察に追われて逃亡中だって言う噂の?」
「いや、警察からは逃げ切って海外に高跳びしたって話だったはずだけど・・・」
こんな会話が聞こえてきて、僕たちからはジト目で見られ井口君は気まずそうな表情で固まっていました。
改めて井口君も我が国教大附属高校ボクシング同好会のメンバーであることを伝えて合同練習よろしくお願いしますということで、これこそ災い転じてなんとやら。
めでたしめでたし・・・と思っていたら・・・
「そういえば国教大附属ではUJ の選手も参加してるんですね!」
あ〜〜〜っ!しまった・・・・遅かったか・・・・
やっと機嫌が治りかけていた地御前君だったのに・・・・
ピキッ!!




