その他大勢
国際教育大学附属国際高校のとある教員には意味がわからない集団に見えていた。
美術教師、西木匠が放課後の空き教室に姿見を持ち込み、その前に見るからに巨漢の生徒を立たせて姿見に向かって半身に向き合う姿勢を取らせている。
不意に西木が手を叩く。
巨漢の生徒は両腕を顔の位置までさっと上げてボクシングのような構えを作る。
巨漢の生徒は数秒後に一旦構えを解く。また不意に西木が手を叩く。巨漢が両腕を上げる。
「遅れた!」
「はい!」
西木の指摘に一声反応する巨漢の生徒。
その周囲では他数名の生徒たちがそれぞれのトレーニングを行っている。
ミットを持ち合うもの。2人1組で向かい合ってシャドーボクシングをしているもの。
1人黙々とサンドバッグを叩いているもの。
教員は知っていた。
ボクシング同好会なる連中だ。学校の方針で名前だけ作って、いけすかない美術教師の西木匠を顧問にして責任を押し付け、監査で恥をかけばいいぐらいに思っていたのだが、西木は予想外に本格的にボクシングに取り組み始めた。同好会には部員が6人も集まっている。想定外だった。
西木も同好会を立ち上げてから数ヶ月で精力的にアマチュアボクシングを学び、今、巨漢の高校生に必要なことを自分の方法で指導している。素人目に見て反応速度を上げるトレーニングという想像がついた。
「今日はジムワークはここまでにしてロードワークとダッシュ
。そして教室に戻ったらサーキットトレーニングに入って」
「はい、行ってきます!」
生徒たちがそれぞれの表情返事で西木の指示に従い、次のトレーニングに向かっている。
見ていてなんとなくイラついた教員は同好会の生徒たちがいなくなったタイミングで西木に声をかけた。
「やってますね。美術部がなくなってからすっかり覇気がなくなったように見えてましたが」
西木に取って苦い思い出である美術部の廃部を悪意たっぷりに会話のきっかけにする教員に西木は向き直ることも瞳を向けることすらなく返した。
「僕が今果たすべきは職責です。僕の職責は引き受けた生徒たちが間違いを覚えず犯さずこの学校から巣立つ手伝いをすることです」
青臭いことを言う美術教師を冷笑混じりに見つめ言い放つ。
「ご立派な心がけですね」
「僕は教師です。師であって教員、つまり数合わせの員であるつもりはありません」
一瞬何を言い返されたのか意味がわからずポカンとしていたが、西木が「失礼」と、その場を離れた後自分がその他、大勢の存在扱いされたことにようやく気づいて表情を真っ赤にして震え始めた。
忘れ物を取りに練習場に帰ってきた地御前栄代はそのやりとりを冷めた目で見終えると、静かにその場を離れてトレーニングに戻っていった




