第四話 対処は心得ている
王妃の側仕えとして出仕して、半月ほど経ったころ。
王女たちにあちこち案内されたおかげで王宮にも慣れてきて、どこに何の建物があるか掴めてきた。
中心部にある宮殿には王族が暮らし、南側に政務の中心である宮廷が、東部には王宮騎士団の詰め所がある。王宮騎士団は貴族たちの領地から送られてきた騎士のほか、従者たちも多数含まれている。
なので、あまりマナーを教わっていないお上りさんもそこそこいる。王宮の東部にはなるべく行かないように、と大人たちから釘を刺される土地柄でもあった。
しかしある日、私を指名して、騎士何某とやらから手紙で呼び出しがあった。
『イヴェルタリー伯ご息女へ、昼過ぎに王宮騎士団宿舎東にお越しください』、まるでパーティの招待状かのように丁寧な文に反し、字はどうにもおぼつかない。騎士の名は字が汚すぎて——あるいは字が幼すぎて——読めないほどだ。
その不審さに警戒をしつつも、私は呼び出しに応じることにした。
王妃や王女たちに知られると止められることは分かりきっているため、用事で少し席を外すと嘘を吐いて抜け出し、王宮騎士団の詰め所へ足を運ぶ。
尖塔の一つと広い馬場、それに武器庫や宿舎を備えた拠点は訓練中の騎士や出入りする商人たちで騒がしく、私は人目を引かないようそそくさと壁伝いに入っていく。
王宮騎士団の宿舎東には、ちょっとした雑木林があった。さほど高くはないが、繁った木々との間にひとけのない小道があり、宿舎の窓や壁が続く。
約束よりも早めにやってきた私は、諸々の準備を終えて、所在なさげに宿舎の壁際に立っていた。
遠くで昼の鐘が鳴り響き、こだまする音が消えていく最中、やってくる足音に気付き振り向くと、三人の若者が現れた。軽装だし、騎士というには若く、まだ従騎士や見習いだろう。
身長だけはのっぽの三人組は、この場に似つかわしくない私を見つけて近づいてきた。
「お嬢さん、ここは王宮騎士の訓練場だぞ。道に迷ったのか?」
「連れて行ってやるよ。それとも俺たちと遊んでくれるのかな?」
「おいおい、こんな小娘を誑しこもうってのかよ」
騒がしいおしゃべりを無視して、私は手紙を見せつつ尋ねる。
「失礼、ここに呼び出されたのですけれども、お心当たりのある方はいらっしゃいますか?」
すると、三人組の顔色が変わった。先ほどまでのおふざけの態度はわずかに喜色を帯び、揃っておもちゃを見つけた犬のように私へと狙いを定めた。
「何だ。しつけをしろって言われてたガキか。まさか女だとはな」
「どうせ貴族の娘だろう? 何をやらかしたんだい、お嬢さん」
触れられないよう距離を取りながら、私は周囲を見まわし、問いに答えた。
「ドニー王子に足払いをして、生意気さをたしなめただけですわ。なので、あなたがたもドニー王子やその側近と同類と見てよろしくて?」
この時点で、私は大まかな現状を把握していた。
初対面のときの一件以来、ドニー王子は私へと何かと突っかかってきていた。しかし、王宮内でドニー王子の味方は思ったほどいなかったらしく、すべて国王以下王族たちにたしなめられて終わっていた。
ゆえに、そろそろ痺れを切らして思い切った手を打ってくる、と私はしっかり予想していたのだ。
私は壁に沿って一歩後ずさり、三人組に囲まれないよう位置取りを気をつける。三人組は何が気に入らないのか、舌打ちをした。
「……こりゃ生意気だ。しっかりしつけをしないとな」
その返事だけで、私の認識が間違っていないことの証左となる。
三人組は一人前の大人のように、まるで子どもにしつけをするのは当然、とばかりに、動きだす。
私へ向けて、三本の腕が迫ってくる——そのときだった。
私の予想していた出来事は起きず、代わりに重苦しく、怒気を含んだ低い声が降ってくる。
「おい。うちの娘に何をしている」
直後、三本の剣とともに、父が落ちてきた。王宮騎士団宿舎の屋根から、私と三人組の間に壁のごとく立ち塞がる。
私からは、長いマントを羽織った父の背の向こうは見えない。まあ、向こう側は、ひどいことになっているだろうことは確かだ。
「ぎゃあああ!?」
「一本、二本、三本。その腕ごと叩き斬ってやってもよかったが、王宮騎士は人手が足りないと聞いている。残さねば王に悪い」
「まさか、イヴェルタリー伯! そんな、聞いてないぞ!」
三人組の悲鳴を合図に、宿舎や雑木林の向こうから、騎士たちが駆けつけてくる。初めからそういう手筈になっていたのだろうと思うくらい、無数の足音が迅速に三人組を連れていく。
ようやく父が振り向いたとき、ちらりと見えた壁や地面には鮮やかな血痕が残されていた。
心配と怒りでないまぜになった父の顔を見ると、私はつい表情が緩みそうになったが、堪える。
「お父様、助けていただきありがとうございます。ですが、呼んでおりませんわ」
他人からすれば、助けてもらったのに無礼だと思われてしまいかねないだろうが、私は私でちゃんと対策を打っていた。すなわち、決して無謀な賭けに出たわけではないことを、父へ示しておかねばならなかったのだ。
しかし、父はそれも含めてちゃんと分かっていた。
「お前が仕掛けていた弩はすべて解除しておいたぞ、トリッシュ」
「もう、私の力作なのに」
「いかに腹が立とうと、他人を簡単に殺してはいかん」
「殺しませんわ。それぞれの頭から目玉を一つ、もらおうと思っていただけです」
「うーん、その気持ちはとても分かる」
父としては、娘に手を出そうとした男はすべて討伐すべき敵と看做しているだろう。可哀想な三人組はその場で討たれなかっただけマシだ、その後の処分がどうなっても相手はあのイヴェルタリーだから、で情状酌量の余地がある。
もし父が来なくても、私が王宮騎士団宿舎の窓辺にあらかじめ仕掛けておいた罠の弩——バネと歯車を利用して、一定時間以降に一階の窓を一ヶ所割ると発射されるよう仕組んでおいたものだ——が、三人組の頭部から胸付近を狙っていた。
他にも、私が一時間以内に帰ってこなかったら王宮騎士団宿舎の騎士たちが探しにくるよう頼んでおいたし、王妃周辺のメイドたちにも似たような頼みをしていた。
だが、結局父が出張ってきて、私を守ってくれる結果となり、嬉しくもあるが親離れできていない悔しさもある。父と同様、このとき私も複雑な思いだったのだ。
とはいえ、そういうときの対処は、父のほうが上手だ。
「だがな、こういうことは淑女の仕事ではない。王妃の側仕えならなおのこと」
言葉には出さなかったが、なるほど、と私は納得した。
私はイヴェルタリー伯爵家の令嬢として、淑女となるべく行儀見習いのために王宮へやってきた。ならば、きちんと徹頭徹尾、淑女にならなくてはならない。
それが義務だ。
淑女らしくないことを表立ってしてはならない。父の言い分は正しい。
だとすると、私はこうした場合に備えて、他の方法を考えておかなくてはならない。
「では、どうすればよくって?」
「専門家に頼みなさい。王宮にイヴェルタリーの騎士団から連れてきた者がいるから、それに相談するように」
「承知しました。私はただ、暴力を振るう者たちを黙らせただけですけれど、淑女としてそれはやってはいけないことなのですね」
すると、父は神妙になって、私へこう問うた。
「お前の思う暴力とは、何だ?」
私は、今まで胸の内に秘めていた解釈を存分に語る。
「権力、腕力、知力、それらを道理なく振るうことです。それこそしてはならぬことですわ、お父様」
行きすぎた暴力は許容してはならない。権力を持つ王が横暴に振る舞ったり、武器を持った兵士が民を痛めつけたり、頭の回る官僚が自分たちに有利なよう法律を捻じ曲げたり、それらはすべて『暴力』なのだ。強者から弱者へのいじめに他ならない。
そう——この茶番を仕組んだ者は、己が『暴力』を振るったと認識していないだろう。
ゆえに。
「ゆえに、私はドニー王子へ、暴力はいけない、と知らしめねばなりません。それが暴力を受けし者のみが行える諫言、忠義の言葉です」
それはイヴェルタリーの本懐であり、家臣が将来の王を諌めるという正当な行いだ。
だからこそ、父は感極まって涙しそうな勢いで叫んだ。
「本当にうちの子はしっかりして……お聞きになられましたか、王子! それに取り巻きの坊主ども! 今から向かいますぞ!」
「いやああああーッ!」
「やめてえええッ!」
「来ないでええええ!」
どこからか聞こえてくる悲鳴たちは、必死になって遠ざかっていく。
ドニー王子や取り巻きはどうせ、私が暴力を受けるさまを近くで眺めているだろうと思ったら、大当たりだ。俊敏に走っていく大柄な父と、夕暮れまでかけっこを楽しむといい。
後日、ドニー王子は修行と称して近隣の司教領へ送られた。数ヶ月は帰ってこられず、王族としてのマナーからお勉強、武術の訓練までひととおり教わるそうだ。
なお、王妃からは謝罪と感謝の言葉をいただいた。
「ごめんなさいね、ドニーのやんちゃに巻き込んで。でも、あなたのおかげで厳格な教育家として有名な司教閣下に預けられて、本当に良かったわぁ。ずっと嫌がっていたのよ」
ついでに、国王からも大量の砂糖菓子をもらったので、私は父や領地にいる兄たちへ送っておくことにした。




