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貴婦人トリッシュはかく語る〜我が家の気性難は今更なので〜  作者: ルーシャオ
第一章 貴族令嬢から貴婦人へ

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第二話 私と婚約者との初対面

 私の名前は、トリッシュ・イヴェルタリー。


 アルソナ王国イヴェルタリー伯爵家の令嬢であり、家系図だけなら王家よりも長いくらいの、普通の貴族の娘だ。


「トリッシュ、こちらがお前の婚約者となるアルバートだ。セダル公爵家の嫡男であり、王の義理の甥に当たる。仲良くしなさい」


 そう言って、私の父が十歳になる私へ紹介したのは、小生意気な顔をした金髪の少年アルバートだった。


 ゆくゆくは公爵家を継ぐ将来有望な男子、と言えば聞こえはいいが、私と同じ身長のくせして、まだ何も言っていないのに見下す態度はありありと示されている。


 アルバートは一歩進み出て、いきなり私へこう言った。


「おい、トリッシュ。服従を誓え」

「服従。なぜです?」

「女は男に仕えるものだ、と大人が言っていた。妻は夫を立てるんだ!」

「なるほど」


 おそらく、耳年増というやつだ。父や祖父たち大人がそう言っていた、だから自分もそう言うのだ、というわけだ。


 ゆえに、私はそのまま腰を落としてアルバートの足を力一杯払い、その無防備な背中を踏みつける。


 言うべきことは一つ。


「アルバート様。私へ服従をお誓いなさい」

「ひ、ひいぃ!?」


 土にまみれて悲鳴を上げる金髪の少年は、年齢相応に泣きじゃくって、地面を這って逃げようとしていた。さっきまでのすべての他人を見下すような態度はどこかへ消え失せ、まるで恐ろしいものを仰ぐかのように私を見上げている。


 ほんの数言で私に喧嘩を売り、たった一度の攻撃をいなせず、負け犬となったのが将来セダル公爵となるであろう私の婚約者、アルバートだった。


 私は、しつけは最初が肝心、という我が家の狩猟犬の調教師から聞いた言葉をしっかり覚えていた。


「あら、やったことをやり返されただけで泣きっ面なんて、根性なしですわね。まあいいわ、書類上の夫ということなら申し分ない血統ですもの。いいですこと? これからは私の許可なく、私のそばに来ないように。子を儲けるときは私が決めます。それまでは、あなたはまかり間違っても婚外子を作らないように。以上よ」


 アルバートは何か言おうとしていたが、あまりの衝撃に言葉が浮かばないようだ。それとも、蹴飛ばされたときになけなしの勇気も知恵も吹っ飛んでしまったのかもしれない。


 私は堂々と仁王立ちし、いつもの父を真似して、こう宣言した。 


「我が家は古い伝説にもその名を残す、統一王の直系の子孫。伯爵であり騎士、王の剣であり盾、忠節の貴族であり王のもっとも近しい敵。それがイヴェルタリー家です。異論があるなら剣を取りなさい、相手をしてさしあげましょう」


 このとき、私の背後には帯剣した父がいた。


 そのため、アルバートは私の言葉を嘘とは思わなかっただろう。私を通して筋骨隆々たる父の威容を視界に入れれば、否応なくイヴェルタリーの家名が意味するところを察してしまうからだ。




 それ以来、アルバートは我が家に来なくなった。


 従者や付き添いの親族たちに支えられて、這々(ほうほう)(てい)で帰っていった姿を見たのが最後、しばらく姿を見なくて済むならそれはそれでよかった。


 ああ、婚約はどうなったか?


 少なくとも、その後婚約を放棄、あるいは破棄する知らせが我が家へ届いていないのだから、セダル公爵家にとってもどうでもいいことだったのだろう。


 後日、父曰く、アルバートの醜態は噂になっていたようだ。


「お前なぁ、アルバートが怖がってクローゼットから出てこなくなったらしいぞ」

「よいことです。弱虫は隠れていればよろしいですわ」

「うーん、誰のせいでこうなったやら」


 父はわざとらしく頭を掻いていたが、自分の血筋の性分だと分かって言っている。食わせ者だ。


 なので、私は横にいた兄たちを指差した。


「お兄様たちのせいですわ」


 三人の私の兄たちは、末っ子の私を溺愛するあまりいつも騎士の訓練に連れていく。おかげで、体格のいい男性たちの、規律に則った行進から猛々しい取っ組み合いまで、私は毎日のように目の当たりにしてきた。


 そのついでに、自衛のためと称して剣や格闘を習うのは当然の成り行きだったのだ。


 ところが、兄たちは父へ一斉に視線を向け、責任を押し付ける。


「いえ、父上のせいです。トリッシュを止めなかったのですから」

「トリッシュの今後のために上下関係を教え込ませたのですよね?」

「クソ生意気な公爵家のせがれとは破談になったほうがいい、とおっしゃっていましたよね?」

「……よし、忘れよう!」


 このように、私のこうした行いも、イヴェルタリー家では何の問題もなかったのだ。


 第一、セダル公爵家というご立派な爵位も、起源はごく浅い。権威も未だ定まらず、不安定な現状を何とかするために我が家との婚姻を求めてきたのだから、主導権は一貫して我が家にあったのだ。


 それは当時の私には知る由もなかったものの、とにかく婚約は続いていたようだ。


 もっとも、一度として私を縛ることはなかったが。

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