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貴婦人トリッシュはかく語る〜我が家の気性難は今更なので〜  作者: ルーシャオ
第一章 貴族令嬢から貴婦人へ

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第一話 貴族らしく、私らしく

連載はじめました。

 貴族とは、何なのでしょう。


 礼儀、忠節、気品、高貴といった言葉と同等の意味が含まれていると私は信じてきたけれど、どうやらこのホールではそうではないようだ。


 夜通し行われる舞踏会の最中に、ホールのやや片隅で一人の青年貴族が貴族令嬢へと、婚約破棄という本来ならば禁じ手の三行半(みくだりはん)を叩きつけていた。


「君との婚約を破棄する!」

「よろしくってよ! 吠え面かかせてやりますわ!」


 まあそうだろう。青年貴族は鼻息荒くしているが、貴族令嬢は一歩も引かない。公衆の面前で自分と家のプライドを傷つけられて、大人しく引き下がる貴族などいないのだ。


 きっと、このあと両者の家同士で争いが起き、青年貴族も貴族令嬢も醜聞と(きず)まみれの経歴を首から下げて生きてく羽目になる。誰一人として得をしない。


 その反対側では、招待された貴族の一員とはいえまだ学生らしき一団が揉めていた。


 それなりに身分ある青年が、か弱そうなドレスに着られている少女の肩を持ち、そして面前の貴族令嬢を詰問している。


「お前がこの子をいじめていたと」

「誤解ですわ。そのようなことはいたしておりません」

「嘘です! お茶会の招待が来なかったのも教室の席を汚されていたのも、あなたの命令だって」

「お黙り、小娘!」


 一喝する鋭い女の声が、周囲にもしっかり届き、咎めるような視線が集中する。


 でも、彼らは気付かないふりをして茶番の、断罪しているつもりの詰問を続けていた。まともに貴族としての教育を施されなかった結果、ここで衆目を集めて同情を買おうという、貴族として下策中の下策に出てしまったのだろう。


 婚約破棄も断罪も、もちろん好きにやればいい。


 だが、彼らは貴族であり、私たちも貴族だ。


 貴族の身分としてふさわしい立ち居振る舞いができなければどうなるか、少なくとも次は三年後の発行の貴族名鑑で分かるだろう。


 私——トリッシュは、ホールとひと続きの休憩所である隣室のサロンで、ソファにもたれかかってゆっくりと蒸留酒のカクテルを傾けていた。


 隣室といってもそれなりに距離はあり、もうクライマックスを終えた喧騒は遠い。


 加えて、舞踏会の序盤から度数の高い酒を煽る者は私以外おらず、サロンは閑散としている。老いも若きも皆、あの同時開幕した三文芝居の見物へ行っているのだろう。


 口紅が薄くついたカクテルグラスをテーブルへ置き、私はあからさまにため息を吐く。


「はあ、どこも皆、若気の至りで血気盛んなこと。貴族(ブルーブラッド)でありながら嘆かわしい、品性のかけらもない。子を見れば親が分かるとはこのことね」


 もっとも、私も二十六を迎えたばかりで、彼らを若いと言えるほど年嵩を重ねたわけではないが。


 そんな私のつぶやきを耳にしているのは近くにいる熟練の給仕たちだけだろう、と思っていたら、ゆっくりとこちらへやってきたご老人に相槌を打たれた。


「ははは、何を一人前に黄昏ているやら。トリッシュ、お前こそあれら若人よりも気性が激しかったろうに」

「あら」


 立ちあがろうとした私を静かに制して、肩にかけた羽付きマントと燕尾服姿のご老人はのそりと私の隣に座った。よく見知った顔だった。


「お忍びだ、ここでは一介の紳士扱いしておくれ」

「分かりました、我が君(ミロード)。我が家の気性難は今更として——上品で優雅な貴族というイメージを(つくろ)いたい方々は、あの茶番劇をどうお考えなのかしら」


 ご老人は蓄えた白髭を揺らし、淡白な語り口の感想を口にした。


「貴族とて数百年遡ればただの山賊の頭や地主だ、それが上品? あそこにいる若人たちは、どれほどの領民の血と金を犠牲に家が命脈を保ってきたか、知りもしないだろう。ゆえに、あれらはただの先祖返りだ」

「まあ、言い得て妙ですこと」


 ご老人は私をチラリと一瞥したものの、『そういうお前もだぞ』という私のささやかな皮肉は聞き逃すことにしたようだ。


 その程度の無礼で、私とこのご老人の関係が崩れることはない。


 第一、この国の王が、お忍びで若者も招くような舞踏会へ足を運ぶこと自体、立場にふさわしくない振る舞いなのだから、無礼くらい許容してもらわなければ困る。


 そこには色々な意図が隠されているのだろう。


 たとえば、最近の貴族の若者たちに会う機会のない王は、どのような若者が勢力を伸長し、増長し、問題の種を撒こうとしているのかを知りたいだろう。片や、不遇の中にいる優秀な者へ憐れみの手を差し伸べ、恩を売りつつ自らの駒にする気まぐれの投資を狙うこともあるに違いない。


 なぜなら、私も同じ目的でこの舞踏会にわざわざ足を運んだのだから。


 ここは劇場ではなく、選別の間だと気づかないから馬鹿騒ぎができる。


 若者の特権?


 いいえ、愚か者の特権だ。巻き込んだ側も、巻き込まれた側も、貴族にふさわしくない。戦場なら、とっくにその頭にリンゴよろしく矢が刺さっているだろう。


 とはいえ、私やご老人の目に適うような人材がいるかどうかは、まだ分からない。


 もう少し、様子を見てみようかしら。私は給仕に目配せして、アペリティフを用意させることにした。


 夜は長い。ご老人も、別の給仕からうやうやしく差し出されたワイングラスを受け取っていた。

今日中に何話か投稿するので、よろしければお付き合いください。

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