第十四話 断罪の幕は早期に閉じねばならぬ
この舞踏会に集まったのはたった数十人程度、ホールにいる半数は給仕や警備の使用人たちだろう。
人垣を抜けると、三人の男女が相対していた。
一人は細く美しい金髪の令嬢、もう一方は茶髪の青年と赤髪の令嬢だ。憤った茶髪の青年は鼻のそばかすがまだ消えておらず、小柄な赤髪の令嬢は青年の背に隠れるように立っている。
それを見た第二王女アミスが、私へ耳打ちする。
「金髪のご令嬢、クレランシャ伯爵の娘のプルケリアよ。まだ十四歳だけど大人びているわね」
つまり舞踏会の主催者の娘で、ではもう一方は何者だろうか。
プルケリアは背筋を伸ばし、凛とした声で茶髪の青年と赤髪の令嬢へこう言った。
「オズウィン、どういうことかしら? あなたは招待したわ、でもそちらの……」
「オリアーヌだ。君は憶えてさえいないんだな」
「そう。そちらのご令嬢は招待していないわ。名前も知らない方を呼べはしないもの」
それはプルケリアなりの皮肉だったのだろうが、相手をより勢いづけただけだった。
茶髪の青年オズウィンは怒りのあまり両拳を握り締め、赤髪の令嬢オリアーヌに小声でなだめられていた。親しげな二人の様子に、プルケリアは険しい目を向ける。
赤髪の令嬢オリアーヌは、ひ弱そうな外見ながらもしっかり吠えた。
「よくそんなことをおっしゃいますね。プルケリア様、あなたはいつも私をお茶会でもサロンでも、仲間外れになさっているのに」
「そうだったかしら」
「ふん、君がそこまで底意地の悪い女だったとはな。オリアーヌの友人たちにも聞いたぞ、君は彼女が嫌いで同席したがらないからと、いつも友人たちはオリアーヌを呼べないのだと」
「私は」
「父の代からの友人たちでさえ、あなたを恐れていますわ。偶然オズウィン様が泣いている私を見つけてくださらなかったら、このまま王都から逃げ出してしまいたいと思っていたくらいだったけれど、私は何も悪いことはしていないもの! 見くびらないで!」
キャンキャン吠える様子はまるで小さな犬のようで、虚勢なのか真実の訴えなのかはこの際本人にとってもどうでもいいのだろう。
オリアーヌという令嬢が、ただクレランシャ伯爵家令嬢プルケリアを断罪したいと思っている、ということだけは確かだ。
そこへ、オズウィンが芝居がかった大きなため息とともに、頭を振った。
「プルケリア、婚約者として僕は恥ずかしいよ」
「……誤解だと言っても?」
「なら、その誤解を解くのは君の役目だ。そうでないなら、両家の未来のためにもこの婚約はなかったことにしてもらう」
大上段からの、オズウィンの言葉はプルケリアを一瞬たじろがせた。
婚約者からの素行不良の訴え、それは婚約解消の一つの理由となりうる。
だが、この場でプルケリアという令嬢を断罪すること自体が目的だからこそ、クレランシャ伯爵家主催の舞踏会のど真ん中でこの断罪劇を開始したのだろう。
オズウィンとやらは、分かっているのだろうか。貴族が婚約の破棄をちらつかせ、舞踏会という公の場で他者を弾劾する意味の重大さを。
若気の至りであれば許されるか?
そんなはずはなく、最悪の事態を想定したならば——。
私はすぐさま、三人の間に割って入った。
「お待ちなさいな」
プルケリアを背に、私は青年と令嬢の二人を真正面に捉える。
主導権を握られる前に、私は打って出た。
「プルケリア・クレランシャ、もう何も言わなくていいわ」
「あなたは……?」
「通りすがりの者よ。さて、そちらのお二方」
じろり、と私は正面の二人の顔を順に眺める。
「これはそちらのご令嬢の考えたこと? それとも、あなたの決めたこと?」
「僕は間違っていることを正しているだけです。誰かを仲間外れにして悦に浸るような者を、貴族、ましてや同族などと呼ぶべきではないと!」
血気盛んな青年は、闖入者を快く思わず啖呵を切る。
間違っているから正すという至極、単純明快な構図を突きつけてきた相手に、私は挨拶がわりの足払いならぬ、その前提を突き崩してやる。
「では、あなたは何が間違っているか、何が正しいか、完璧な判断ができると自称しているのね?」
重々しく、お前はそれだけのことを言ったのだぞ、と知らしめるために、私はわざと低い声色を使う。
しん、とホールが静まり返った。少し前から、楽団の演奏も止まっている。
ざわめきもさざめきもない中、誰かがきっかけを与えれば雪崩のように重大問題が襲いかかってくる、一触即発の事態だ。
しかし、それが分からない者が端緒を切ってしまう。
「あ、あの、オズウィンは私を庇ってくれたのですわ、ご婦人」
先ほどまでの威勢はどこへやら、オリアーヌはおずおずとそう言った。
それに背を押され、オズウィンが勢いづく。
「そうです、泣いている令嬢を放っておくなどできるはずがない!」
「あなたの目に映ったのは彼女だけだったのに?」
「え?」
オズウィンは、どういう意味か分からない、そういう顔をしていた。
本当に理解できなかったらしく、尋ね返すこともできず、立ち止まる。
その一瞬が、私がつけ込む隙となる。
「泣いている令嬢? あなたは今まで、視界に入れなかっただけでしょう? 舞踏会の片隅、屋敷の裏手、馬車を待つエントランス、そこにいた彼女と同じ境遇の令嬢たちに、あなたは手を差し伸べてきたの?」
正義を語った以上、オズウィンはすべての正義の代弁者面をした以上、泣いている令嬢ただ一人のために立ち上がった男、という御涙頂戴なレッテルは使えない。
この王都だけでも毎夜泣いている令嬢はごまんとおり、彼女たちは救わずにオリアーヌだけを救うのはどういう都合のよさなのか。
つまりは、正義という言葉は自己正当化の道具になり下がっているのだ。
「あなたは都合よく、自分の目の前にいた哀れな女性へ慈悲の手を差し伸べたことで悦に浸り、今度はプルケリアを攻撃して正義の味方になったつもりでいる。身勝手なものね」




