経験
(役割とか関係ない……朱羅さんの言う通り勝つ気で挑まないと、俺はこの先も成長することができない気がする!)
剣崎と朱羅の一騎打ちが始まってから十分が経過した頃。周囲はいつの間にか静まり返っており、剣崎と朱羅は勝敗がどちらへ転んだのか確認をしないまま、目の前の男との対決に意識を集中させていた。
(正直このままじゃ朱羅さんには勝てない。今の俺に必要なのは成長だ。そのためには……)
「おっ!」
剣崎は槍を中段に構え、ゆっくりと朱羅へと歩みを進めた。
「ようやく自分から動いたか。それにしても……まぁいい、やって見りゃ分かることだ!」
朱羅はジワジワと距離を縮める剣崎に対して、真っ直ぐ突撃した。
「……あっぶねぇっ!どんな仕組みか分かんねぇが、やっぱり迂闊に近づかねぇ方がよさそうだな!」
剣崎が剣道をしていた際に、足にタコができるほど続けたすり足。すり足を行うことには様々な意味があるが、剣崎が朱羅を相手にすり足を使った理由は、攻撃の『起こり』を悟られないため。
通常の移動方法では右足を前に出し、次に左足、それを繰り返すことで移動するが。この移動方法では交互に足を前に出すという特性上、攻撃のタイミングが読みやすく、朱羅の戦闘センスをもってすれば避けることは容易い。
しかし、地面を滑るように移動する、すり足ならば、重心や姿勢を保ったまま移動するため、攻撃に移る、その一瞬までタイミングを計られることはない。
(今のを避けるのかよ……)
朱羅が避けることに成功したのは、剣崎の気配が変わったことに気づくとができたためであり、本来朱羅のような、武術の経験のない者ほど、すり足のような地味な技術がよく刺さる。
(…………)
剣崎は再びすり足で朱羅への距離を詰めた。
今度の朱羅は先程のように闇雲に突っ込むのではなく、剣崎が方天画戟の間合いに入るのを待つ。
一瞬の駆け引きの末、二人の勝敗は決した。
剣崎と朱羅の距離が一歩踏み込むことで槍が届くまでに近くなり、タイミングを見計らっていた朱羅が剣崎よりも早く動いた。
しかし、完璧なタイミングで振るわれようとしていた方天画戟は、またしても初速を剣崎に槍で抑えられる。
方天画戟による攻撃が失敗に終わった朱羅は、すぐさま左手の刀で剣崎に切りかかった。
(……ッ!)
刀による一撃を、剣崎は左腕を犠牲にすることで防いでみせた。
日本刀は、その性質上、引いて切ることに特化しており、刀を使用してこなかった朱羅のように力任せに振るうだけでは腕を落とすには至らない。
剣崎は左手に朱羅のような刀が食い込むのと同時に、右手で槍を短く持ち替え、朱羅の体へと突き刺した。
短く持つことで槍に伝わる力は分散されず、甲冑を貫通し、朱羅の体へと至った。
「……ッチ!」
体へと槍が突き刺さると同時に朱羅は地面へと座り込んだ。
「あ〜あ……負けだ負け!俺の負けだ!」
朱羅の声が静まり返った天守前に響いた。
「正直な話。山を超えられた時点で俺たちの負けは確定してるようなもんだったからな……悪あがきで俺と一緒にデスポーンした奴らもやられちまったみたいだしな。」
朱羅が見ている方向に剣崎が視線を向けると、そこには積み重なった装備の傍で、こちらを見ている仲間の姿があった。
九条陣営のプレイヤーとNPC兵士の数は、朱羅との一騎打ちが始まる前より大幅に減っており、朱羅と共に現れた鷲宮城のプレイヤーたちの実力がいかに高かったかを物語っていた。
「いけよ九条。仲間には俺が一騎打ちで負けたことを伝えといてやる。そうすりゃ、天守の中にいる奴らも大人しく敗北を認めるだろうさ」
朱羅の心は、負けたというのに、自分の城を奪われるというのに、とても満たされており、その表情は笑顔で満ちていた。
「あ〜……そういえば。」
天守に入ろうとする九条の足を、朱羅の声が止めた。
「鬼塚と御影の野郎が、また手を組んだらしいぞ。俺は今回の敗北を気に、シーズンリセットまで特訓するから、この先の戦いに参加するつもりはないが、せいぜい気をつけろよ九条。」
九条は朱羅に対して、返事を返さずに天守の中へと消えていった。




