剛の剣
現代人では、戦乱の世を生きた人間には勝てない。十四kg以上の鎧を身につけた状態で武器を手に持ち、合戦の際は十kmを超える距離を歩く。
使われていた武器や防具、あるいは発見された様々な文献を見れば、いかに、その時代の人間が強靭であったかが分かるだろう。
しかし、現代人が肉体的に戦国時代の人間に勝っている要素がない訳では無い。現代人が勝っている要素、それは『身長』である。
戦国時代、男性の平均身長は百六十cmを超えない。だが、現代人の平均身長は百七十cm以上。同じリーチの武器を持っているとするのならば、先に届くのは現代人の武器だろう。
だが、勇の前に立つのは宮本武蔵。百八十cm以上という当時でも圧倒的な身長を有した剣豪。現代の成人男性と比較しても大きめの身長だ。
対するは天鷹城 副城主の勇。身長は百九十cmを超え、生まれ持った長い手足と鍛え上げられた肉体で、九十cmを超える大太刀で戦闘を行う。
(まるで、巌流島だ……)
宮本武蔵と大太刀を扱う勇が向き合い、武器を構える姿は巌流島の戦いを彷彿とさせていた。
大太刀の間合いを測りにくくするため、脇構え(半身になり刀を右脇に隠すよう)に構える勇に対して、宮本武蔵は火室との戦闘では片手で握られていた打刀を両の手でしっかりと握り、中段に構えた。
(流石は勇さんだ。脇構えをすることで、ただでさえ長い大太刀の間合いを宮本武蔵は測れない……あれじゃ迂闊
には近づくことができない)
剣崎の予想は正しく、現代の技術で再現された宮本武蔵は近づけずにいた。本物の宮本武蔵なら、どう動いたたか、今となっては分からないが、データで再現された宮本武蔵は堅実に様子を伺っている。
「…………」
勇は無言のまま、ジワジワと大太刀の間合いまで距離を詰めた。しかし、勇は大太刀を振るうことはせずに、一歩、また一歩と距離を詰める。
(勇さんは何を……)
宮本武蔵の剣の間合いに入る直前に勇の大太刀が宮本武蔵に迫る。
腰から肩にかけての切り上げを、宮本武蔵は驚異的な反応速度で防いで見せた。
「……!!」
防がれた大太刀は勇の体と共に、武蔵の握る刀の刀身を滑るように移動して、突きへと繋げた。
「掠った!」
流れるように変化する攻撃に、一瞬、反応の遅れた武蔵の頬を掠める。
後ろへ退いた、武蔵に追撃を仕掛けようとした勇の足が止まる。
「二天一流……」
無構え。大小異なる長さの刀を持つ有名な武蔵の肖像画。脱力しきった、この構えは、武蔵曰く剣の極意なのだという。
二振りの刀を握った武蔵を前に、勇は再び脇構えで近づく。先程と同じ距離まで近づくと、まるで再現をするかのように強烈な大太刀の一振が繰り出された。
今度こそ武蔵の体に届くと勇が確信した瞬間、勇の首が飛び、勇は観客席へと送られた。
「………………」
突然観客席へと飛ばされた勇は、自身の身に何が起こったか理解もできないまま、九条の隣へと座った。
「……俺は、どうやって負けた。」
勇の疑問はシンプル。自分はどうやってやられたのか。スポーツを経験した者には分かることだが、正面で対峙した者と外から鑑賞する者では感じる速度が違う。
敗北から学ぶことができる、それは武蔵の時代では難しい、現代人の特権といえる。
「……大太刀が宮本武蔵へと到達する直前、宮本武蔵の左手に持った短刀が勇さんの大太刀を弾いた……」
大太刀の重さに、勇の剛力が加わった一振。当然、短刀で弾くことは難しい。
「鍵はあの脱力だろうね。脱力状態から繰り出された短刀の切り上げは零から最高速度まで一瞬で到達して、勇さんの大太刀とかち合う瞬間に全力で力むことで、爆発的な力で大太刀を弾いた。」
同じことを現実で行えば、間違いなく短刀は折れて、武蔵体ば真っ二つだっただろう。ゲームだから、データで再現された宮本武蔵だからこそ可能な戦い方。
「弾かれた後は、自分でも理解しているだろうけど。右手の刀で首を跳ねられてたね。」
本来、天鷹城で最も強いとされる勇の敗北は宮本武蔵に挑むことを諦めるには充分な出来事だったのだが、今回の敗北は一騎打ちイベントにおいて意味の無い敗北ではなかった。
「だけど、流石は勇さんだよな!」「俺、一騎打ちイベントであそこまで戦いになってるの初めて見た!」「天鷹城の副城主は伊達じゃないな!」
火室の敗北で諦めかけていたプレイヤーたちの目に火が灯った。
「実際のところ勇さんの最後の一振は悪くなかったよ。きっと、一騎打ちイベントのNPCにも性格があるはずだから、僕でも、同じ攻撃を放つっていう挑発をすると思う。」
勇は九条の言葉と周囲の声を聞いて静かに笑った。




